インタビュー
シェイクスピアの傑作『ヴェニスの商人』を劇作家・鄭義信ならではの視点で捉え直し、高利貸しシャイロックを物語の中心に据えた音楽劇『歌うシャイロック』がいよいよ開幕。主演のシャイロック役は、映画「月はどっちに出ている」をはじめ、鄭氏とは映画やドラマでたびたび顔を合わせている岸谷五朗さん。その娘・ジェシカ役は、同じく鄭氏とは映画「焼肉ドラゴン」ほか舞台でも共に作品を作り上げてきた中村ゆりさんが務めます。今作が初共演となるおふたりに、作品についてお話をうかがいました。
(左から)岸谷五朗さん、中村ゆりさん
初共演で父娘を演じるふたり
「岸谷さんは安心できる人」
──おふたりは今作が初共演とのことですが、まずはお互いの印象を教えてください。
中村ゆりさん(以下 中村) 今日は取材で一日ご一緒していますが、岸谷さんは想像していた以上に優しい空気で接してくださって、とても安心しました。
岸谷五朗さん(以下 岸谷) うん、いいこと言う(笑)。
中村岸谷さんは、私のインスタグラムでうちの犬までチェックしてきてくださったんですよ。私は犬ばかり載せているのですが。
岸谷 そうそう。共演することが決まったので、ゆりちゃんを知りたくてインスタを探してみたら、ワンちゃんばっかりで(笑)。でも見ているうちにオレもすっかりその犬が好きになっちゃった。「天ちゃん」という名前なんだけど、実はオレも「天」と言う名前が主人公のドラマ(注※「天 天和通りの快男児」)をやったことがあって。それはものすごい博打打ちの役だったんだけど。その時のオレの髪型とも似ている気がするんだよなぁ(笑)。
中村 ふふ、うちの子も、ちょっと堅気じゃない感じかもしれないです(笑)。
岸谷 ゆりちゃんの印象はとにかくホワンとして、頭の回転が……速い。
中村 よかった、速くて(笑)!
岸谷 このホワンとしている様子が、父親としては守りたくなる感じにつながるんだろうな、なんて今日はそんなことを考えながら、そっと探っていたんです(笑)。本人の目はあまり見ないようにして。
──なんと、今日すでに「役作り」が始まっていたのですね。
岸谷 まぁそうだね(笑)。もちろん、稽古が始まれば、またその役の中でも探していくことになりますけど。ただお芝居って、自分とは違う人を演じるから、一見自分のことは隠せるような気がしますが、実は逆。演技はすればするほど、その人間の本質が見えてくるものだと思っているんです。
中村 私もそれはわかります。その人自体が見えてくるんですよね。
岸谷 そう! だから、その人がいい人か悪い人かを見極めようと思ったら、演技をさせたらいい。「おい、お前本当は嫌なやつだろ」っていうのがすぐわかるから(笑)。役は自我を越えたところにあるもので、それを表現するのが役者。だから我を忘れないとできないんだけど、忘れたときにこそ、本当の自分というのは出てくるもの。だから、ある作品を見て心に訴えかけてくるような役者がいたとしたら、それはその人の人間性にやられているんだと思う。それは舞台でも映像作品でも同じ。「いい人だと思われたい」と思っていても、取り繕うのは無理なんだよね。
中村 本当にそうですよね。
岸谷 だから、その人自身がどんな人かはとても大切。それは舞台でも映像作品でも同じ。演技手法とも関係ないところで、にじみ出てくるものがあると思っています。
──ご自身でも脚本や演出を手がける岸谷さんが、外部の舞台に出演されるときは、いつもとどんなところが違うのでしょうか。
岸谷 舞台を愛する気持ちは変わりませんね。ただ、役者として参加するときは、もう100%監督の「駒」になって、「その芝居が見たかったんだよ」という演技ができる俳優になりたいと思ってやっています。これは他の現場でもそうですが、監督や演出家の作りたい画の中で、どう自分を褒めてもらえるかを目標にする。稽古場で何か言い出したら、それはもう僕の稽古場になっちゃうから、それはしないですね。でも、常に不安だらけではありますよ。作品に入るときはいつも怖い。特に初日は、できれば逃げ出したいと思っています(笑)。
シャイロックとジェシカは生きる
選択肢を選べなかったマイノリティの親子
──シャイロックとジェシカ、おふたりの役柄についてもう少し教えてください。
中村 私たちが演じる親子、とりわけ岸谷さんが演じるシャイロックはみんなに疎まれる高利貸し。ただ彼は、彼が生きる時代において、それしか生き方を選べなかった「マイノリティ」なんです。そしてその娘である私・ジェシカは、父親のような境遇から抜け出したいと思っているものの、すべてを切り捨てることもできず、苦悩する存在です。父親への思いはとても強いのですが、だからこそ依存的になっている部分もあって……私はそんなところにも人間らしさを感じるのですが。今回はそんな深い親子の関係を、人格者である岸谷さんとともに演じられることが嬉しく、また安心感もあります。岸谷さんはきっと私を助けてくださるんじゃないかなって(笑)。
岸谷 そうね。今回ゆりちゃんが演じるジェシカは、物語の中で一番大きく人生が揺れ動く存在。幸せを求めて、狂気し、堕ちていくというすごく難しい役どころなんだけど、今日は初対面から、「この人のそんな姿は見たくない!」って思わせる雰囲気を感じさせてもらいました。最初に「守ってあげたくなる」と言ったけど、(役作りの)材料として、そんなふうに思わせる何かがあるというのがいい。女優・中村ゆりは、そんな雰囲気を持っているんだなって。
中村 やったー、じゃあ守ってもらおう! なんて(笑)。ジェシカは確かに辛い役です。ただ私は前に鄭さんとご一緒した「焼肉ドラゴン」という作品でも、愛されない女の子の役を演じたことがあって。そのときに「満たされない心のままやるお芝居」というのはすごく面白いんだ、ということを教えていただいたんです。不幸は不幸なのですが、それだけじゃない、心に大きく渦巻くものを抱える役柄というのは、大変ですが演じがいもあります。
岸谷 葛藤だね、辛いよね。だって幸せになるために犯した罪なのに……それをロレンゾー……和田(正人)が! 和田の野郎がね(笑)。
中村 はい(笑)。私、鄭さんの舞台って大変すぎて痩せるんです(笑)。
岸谷 え、これ以上痩せちゃうの?
中村 そうなんです。前回は(パワーを補うために)「肉のハナマサ」で、ブロック肉を買っていました。
岸谷 そのブロック肉、(鄭さんに)ぶつけてやればよかったのに(笑)。とはいえ、ゆりちゃんは鄭さんの良さをもう十分にわかってるよね。前にも舞台の演出を受けているわけだから。
中村 それはもう、もちろんです。ただ鄭さんの演出だと、本番が始まっても稽古は続きますから……。
岸谷 あー、稽古が多くて(笑)。でもそれ、オレが演出するときも一緒だな。自分が出ない芝居もずっと客席で見て、ノートとって、毎日提出しちゃうタイプで……。
中村 そうなんですね(笑)。でも、そんな演出家は役者にとって本当にありがたい存在だと思います。
岸谷 確かにそうだね。
中村 私は今回、鄭さんと岸谷さんのおふたりとご一緒するというのが胸熱なんです。岸谷さんが出てらした「月はどっちに出ている」は、元々映画で観ていましたし、つい先日、リバイバル上映されていたものも観に行ったんですよ。
岸谷 え〜、そうなの?! それは嬉しいなぁ!
関西弁にミュージカル要素も!
楽しく観られる舞台です
──今回は全編関西弁ということに加えて、ミュージカル要素もある音楽劇です。意気込みをお伺いできますか。
岸谷 それはもうね、頑張るしかない(笑)。作品の中に歌やダンスなどのエンターテインメント性の高い要素が入ることはとても大事だと思っています。物語の流れの中でフックになるから、お客さんもそこでまた新しい感情を得ることができる。今回も歌がそんな大事なポイントになっていけばいいなと思いますね。
中村 私もミュージカルを見るのは大好きなので、しっかりと練習して準備したいと思っています。担当するパートは決して多くないのですが、「こいつに歌わせるなよ」と思われないように(笑)。とにかく必死に練習するしかない!
岸谷 ゆりちゃんは学生の頃は何部だったの? 楽器は何かやっていた?
中村 それが、何部でもないというか(笑)。最初はテニス部に入ったんですけど、出来なすぎて先生がやめなさいって。「このままだと一生、壁打ちか玉拾いしかできないよ」って。
岸谷 そんな(笑)。クビになる生徒いないでしょ。
中村 それで陶芸部に入り直したんですけど、ほとんど活動はしていないというか、みんなも行ってなくて。岸谷さんは何部だったんですか?
岸谷 オレはサッカー部。
中村 花形じゃないですか!
岸谷 高校でサッカーやってたときが一番モテたなぁ。
中村 サッカー部の人って体力もあるし、カッコいいし、キラキラですよね。先に陶芸部って言って落とされた気分(笑)。
岸谷 ごめん…(笑)。
中村 あはは(笑)。
岸谷 あと今回は衣裳がね、どうなるのか。先行ビジュアルの撮影では、ゆりちゃんだけ可愛くてズルいよね(笑)。
中村 すみません(笑)。確かに、チラシではみんなすごい格好をしていますよね。
岸谷 そのあたりも楽しみしていただければと思います!
思い切り楽しめるコメディながら
それだけでは終わらない作品です
──最後に、『歌うシャイロック』の作品の魅力と、来場者へのメッセージをお願いします。
岸谷 人は今も昔も「正義」や「悪」、「ギルティ」や「ノットギルティ」ということを判断しようとしますが、その判断基準というものは、実はそのときの社会のあり方によって大きく変わるものです。今、この社会の中で「これが正常だ」「これが常識だ」と思っているものも、果たして本当にそうなのか。まぁ、答えはなかなか出ないのですけどね。でもだからこそ、人間はきちんとした社会を目指していかなきゃダメだよね、と思います。今回のラストシーンは、シェイクスピアの原作にはないものですが、最後にシャイロックの背中を、生き様を、皆さんがどう観てくださるか。それを楽しみにしています。
中村 シェイクスピアと聞くと昔のお話のように感じるかもしれませんが、本当に今も昔も世の中が抱える問題はあまり変わっていないんだな、と感じる作品です。そして、いつも「魂の叫び」から生み出される鄭さんの作品には、強くたくましい人たちがたくさん出てきます。ただ、実は社会的弱者に寄り添っている部分がすごく大きいのも鄭さんの作品の特色です。今回も台本を読んで、改めてそう思いました。「なぜシャイロックはこんな生き方をしなければならなかったのか」。楽しいコメディというだけでは終わらないメッセージを感じ取っていただけたらと思います。
岸谷 そうだね。ただ基本的にはすごく明るく楽しい舞台なので、皆さんには、ただただ楽しみに来ていただけたら嬉しいです。シェイクスピア作品は、登場人物ひとりひとりにそれぞれの物語があるから、角度によって色々な表情が見えてくるのも面白いところです。まだまだ寒い時期の公演ですが、劇場では喜怒哀楽の感情を動かされて、きっとホットな気持ちになれるはず。喜怒哀楽の感情を揺さぶられるって、健康にも良いらしいですよ(笑)。ですからぜひ劇場で、いろいろな感情を動かして、2023年も良い年にしていきましょう。
(取材・文:小川聖子)