Interview
舞台『WAR BRIDE -アメリカと日本の架け橋 桂子・ハーン-』は、第二次世界大戦後、日本に駐留していた兵士と結婚し、アメリカに渡った“戦争花嫁”、桂子・ハーンという日本人女性の実話が元になっています。生まれた土地から遠く離れ、偏見や人種差別など多くの困難に直面しつつも、日米の架け橋となるべく前向きに生きた桂子とはどんな人間だったのか。桂子を演じる奈緒さん、桂子と出会い恋に落ちた兵士、フランク・ハーンを演じるウエンツ瑛士さんに作品について聞きました。
(左から)奈緒さん、ウエンツ瑛士さん
分け隔てなく愛を配ることで自分の居場所を作ってきた人
―― おふたりはこの作品が初共演かと思いますが、まずはお互いの印象や現時点で感じていることから教えてください。
奈緒 私はいつもどなたかにお会いする際には、「実際にお会いしてからがスタート」と思っているので、テレビでの印象などはあまり気にしないようにしています。ただウエンツさんの場合はもう、「見ていたウエンツさんと一緒」なんですよね!テレビで見ていた印象と変わらない、気さくでナチュラルな方なんです。こんなにギャップがない方には今まであまりお会いしたことがなくて、ウエンツさんにはもう「ベスト・オブ・ナチュラル賞」を差し上げたい…。
ウエンツ 「ベスト・オブ・ナチュラル賞」(笑)!?
奈緒 大先輩ですし少し歳の差もありますが、とても安心できる方なので、私も何も気を遣わず、何かあればすぐにご相談させていただこうと思っています。
ウエンツ ナチュラルすぎたかもしれないですね。まぁ、ぬるま湯に浸かったつもりでいてください(笑)。奈緒さんも思っていたイメージと変わらないです。天真爛漫で明るくて温かくて、それでいて仕事はプロフェッショナル、というのは画面を通しても伝わってきていましたが、実際もその通りで。もちろん全部知っているわけではありませんが、それでは僕もお返しします、「ベスト・オブ・ナチュラル賞」!
奈緒 わ、ありがとうございます(笑)。
―― すでに息ぴったりですね(笑)。おふたりで桂子さん、フランクさんご夫婦を演じていかれますが、奈緒さんは今年1月には実際にアメリカを訪れ、桂子さんご本人にお会いになったと伺いました。どのような印象を持たれましたか。
奈緒 はい。桂子さんは本当に魅力あふれる方でした。桂子さんと街を歩いていると、たまたまお知り合いの方に会ったりするのですが、そのときにはもう、「数年ぶりに会われたのかしら」と思うくらいおふたりともが喜んでいらして。そんな姿を見て、桂子さんはこんな風に出会う人たちと愛情を育てたことで、自分の居場所を作ってきたんだなと実感しました。
ウエンツ 僕は桂子さんに直接お会いしてはいないのですが、こうやって奈緒さんから桂子さんのお話をたくさん伺ううち、どんどん「桂子さん像」みたいなものができてきています。ものすごく前向きなところや、表現が豊かなところ…ともすれば、アメリカで生まれ育ったフランクよりもアメリカ人ぽいところもありそうで、その結果「そりゃそうだな、この人と一緒にいたら、フランクは変わっていくだろうな」と思うに至りました(笑)。フランクはもともと、どちらかと言えば内気だったそうなのですが、桂子さんと一緒にいることで変化していった部分も大きいのではと思っています。舞台でのフランクにも、さまざまな段階があるはず。たくさんの困難を乗り越えていく桂子さんにフランクが勇気をもらい、夫婦としてより強い絆で結ばれていった過程がいくつもあると思うので、それを見つけていきたいですね。僕はフランクさんの姿は映像で拝見しただけですが、桂子さんに委ねている部分は多くありつつ、彼が引っ張ってきた部分もあるだろうと感じたので、そんなところも表現できたらと思います。
―― 奈緒さんはフランクさんについてはどんなイメージをお持ちですか。
奈緒 フランクさんは、桂子さんをたくさん笑わせてくれる方だったようで、一緒にフランクさんのお墓参りをした際も、桂子さんはフランクさんの話をしながら、ときどき思い出し笑いをしている姿が素敵でした。フランクさんは寂しがり屋だったともおっしゃっていて、桂子さんが日本に一時帰国した際は寂しすぎて、「次は自分も行く!」と言ってきかなかったとか。お墓でも、そこに感じるフランクさんにたくさん話しかけていらっしゃって、最後もフランクさんが寂しがることを気にしていらっしゃるご様子でした。本当に絆のあるおふたりだなと思います。
「戦争花嫁」の持つ言葉のイメージも変えていけたら
―― 作品タイトルにも使われている「戦争花嫁」という言葉は、戦時中に兵士と駐留先の住民の間で行われた結婚において使われる言葉で、兵士と結婚した女性のことを指します。日本でも、第二次大戦後は4万5000人とも言われる多くの女性たちが、言葉も文化も異なるアメリカに渡り「戦争花嫁」となったそうです。おふたりはこの言葉にどんな印象を持たれましたか。
奈緒 私はこの言葉、今回初めて知りました。「戦争」と「花嫁」という言葉のギャップに違和感を持ちましたし、この言葉が生まれた背景も気になって。その後いろいろ勉強させていただく中で、この言葉が生まれた当時の、ネガティブなニュアンスについてもお伺いして衝撃を受けました。今回この言葉をタイトルに冠した作品を作るなら、ぜひポジティブな印象が残るように届けたいと思いました。桂子さんやフランクさんたちのように、この言葉の意味を良い方に変えていった人たちはたくさんいたはず。だから私も、ぜひ希望のある言葉として伝えていきたいと思っています。
ウエンツ 僕ももともとこの言葉は知らなかったです。僕が知らなかったということは、なくすべき言葉、みんなが使わないようにしている言葉でもあるのかな、と考えました。その言葉を今もう一度使うなら、奈緒さんがおっしゃるように、僕も希望や幸せとつながる、ポジティブな言葉として使っていけたらと思っています。
―― 日本は戦後80年を迎えますが、世界ではまだまだ紛争が絶えません。どんな思いで舞台に向かわれますか。
奈緒 作品はどこまでも観た人に自由に受け取っていただきたいと思っておりますが、「こんなことを伝えたい」というメッセージを持った作品もあります。今作は、舞台に立つ私たちがみんなでひとつ、共通認識としての「正しさ」を持って届けないといけないと思っています。それは怖いことですし、大きな責任も感じていますが、戦後80年という節目のタイミングでいただいたお話ですし、たくさんの方が伝えたかった思いが込められていると思いますので、それを少しでも伝えられるよう頑張りたいと思っています。もちろん、どのような届け方をするかは、稽古場ですり合わせていくことになると思います。
ウエンツ 桂子さんとフランクさんの夫婦を見ていくと、人を愛するというのは簡単ではないと改めて知らされます。戦争があって、国を超えて、その先では好奇の目で見られて…そんな状況でも自分たちの周りの人間を愛して、分け隔てなく愛を配るなんてなかなかできることではありません。でも、このふたりはそれをやり続けて、人にたくさんの愛を与えることが自分たちの幸せになっていくことを証明しているんです。僕は大きな枠でというより、このお二人のように小さなことでも、争いをひとつずつ無くしていくことが素敵な世界につながるんだということを伝えていけたらと思っています。
奈緒 せっかくこのような愛のある、希望のあるお話をやらせていただけるので、これから始まる稽古もうんと温かいものにしていけたらいいなと思っています。それがウエンツさんとだったらできるかなと…まだお会いするのは3回目なのですが(笑)。演出の日澤さんもとてもお優しい方で、私が話す言葉をしっかりと同じ形でキャッチしようとしてくだって心強いです。私自身、未熟なところはたくさんありますが、しっかりと稽古を重ねて、このお話を届けたいと思っています。
ウエンツ 作品は稽古で作っていくものですし、エンターテインメントとして届く表現をせざるを得ない場合もありますが、この作品ではどちらかというと、僕たちがあれこれしてお客さまを楽しませるというより、お客様のほうが自然に「このふたりをもっと見たい!」と思えるような、魅力あるものにしていきたいです。
舞台作品はお客様と一緒に作っていくものだと思う
―― 今作は2022年に放送されたTBSのドキュメンタリー番組が原案になっています。このふたりの物語を映像ではなく、舞台で上演することについてはどんな風に思われていますか。
奈緒 桂子さんとフランクさんの物語は、ものすごく長いふたりの時間、人生を描くことになると思うんですね。映像作品だと、見ていただく道筋がより整理され、編集されたものになると思うのですが、舞台だとある意味、みなさんに受け取っていただくものがもう少し広がるのではないかなと思っています。なので、ぜひそのあたりに注目していただけたら嬉しいですね。
ウエンツ 舞台の醍醐味は2つあって、ひとつは劇場の空気感。例えば、ドアを開けた瞬間、「あれ、今ここにいた人、ケンカしてた?」みたいな空気を感じることがあるように、舞台もそんな、そこにしかない空気感をみんなで共有できることが魅力だと思っています。だからこそ今作も、セリフではないところの時間の使い方がとても大切になるなと予測しています。舞台のもうひとつの醍醐味は、お客さんがそこにいるということ。外が雨だったのか、ものすごく暑かったのか、そういうお客さんの様子も僕たちは感じとれますし、1回1回の公演ごとに違う反応がある、「お客様との対話」があることは映像作品との一番大きな違いだと思います。
奈緒 お客さんの反応は、本当に毎日違いますよね。それを同じ空間で直に受け取ることで、お客さんとも一緒に劇場で作品を作っている気持ちになります。今回は戦争をテーマにした作品ですが、劇場は争いのない場所。ここで、みなさんにひとつの平和を感じ取っていただけるのではないかと思っています。
ウエンツ そうですね。舞台作品は稽古の時間を重ねるので、演じる人物をより深く掘り下げることができますし、カンパニー全体でその過程を体験できることも大きいです。さらに、本番を重ねることでどんどんブラッシュアップされ、変化させていくことができるのも、舞台の素敵なところのひとつですね。また自分にとっては、演じているときにお客さんが見てくれていることがとても大きくて、それが役者として成長できる時間にもなっています。お客様が視界に入ると、自分たちの仕事が誰かに何かしらの影響を与えているんだと実感できますし、コロナ禍を経てからは、お客様の時間とお金をいただいて作品を届けられる嬉しさ、尊さをより強く感じるようになりました。
奈緒 そうですよね。私が最初に舞台に立ったときは、なかなか客席まで声が届かない…というところから始まり、当時は舞台上での表現や技術にも不慣れだったのですが、回を重ねるうちに映像と共通する部分が自分の中で増えていきました。例えば、自分の中で起こる気持ちにはなるべく嘘がないように、という心がけはどちらにも共通すること。最近は舞台をやることで、映像作品に戻ったときも成長を感じられるようになってきました。
―― 深く温かい舞台になりそうですね。おふたりが舞台のためにされていることや、ルーティンなどがあれば教えてください。
奈緒 舞台前はとにかく体調を整えます。私は最初に立った舞台で声が届かないという経験をしたので、しっかり声を届けるためにはどんな準備が必要か、今はよく考えるようにしています。ボイストレーニングも行いますが、食べるものや起きる時間も意識していて。もともと早寝早起きではありますが、喉がしっかり開くには、起きてから4時間はかかると聞いたことがあるのでそこも気をつけています。それから、背中が開くと声が楽に出るそうなので、なるべく軽い運動をしてから劇場に向かうようにしていて。ストレッチもしますが、私は作品きっかけでキックボクシングを続けているので、舞台前に行くこともありますよ。
ウエンツ ルーティンというほど決めていることはありませんが、舞台中はなるべく体を動かすようにはしていますね。ただ、ジムに行ったりするのはあまり得意じゃないので、場所にもよりますが、稽古や本番の前後はなるべく歩くようにしています。稽古でダメ出しをもらって、ちょっと自分の中で整理したいと思ったときなどは1時間以上かけて歩いて帰ったりすることも。これね、動いている方がポジティブになれるんですよ。止まって考えると、ちょっと思考がネガティブになってしまうこともあるので、歩いたり自転車に乗ったり、少し自分の体を使って作業をすることが多いですね。
SNSできつい言葉に出会うと自分もしていないか振り返ります
―― この物語は、言葉も文化も異なる場所で、ときには偏見や差別的な視線にも晒されながら奮闘した夫婦の話ですが、おふたりはそんな世間からの冷たい目や偏見、先入観に出会ったとき、どんな風にお考えになりますか。
奈緒 うーん、私はあまり気にしないタイプなのですが、どう対処しているんだろう?
ウエンツ そういう視線はあまり感じない?
奈緒 いえいえ、「なるほど、こう見られているんだ」というのはしっかり感じていて、面白いなと思っています。このような仕事をしていますから、そもそも何らかの印象を持っていただくこと自体は嬉しいことなんです。あとは自分でそれをプラスにできるよう考えています。作品に入るときはキャスティングも演出のひとつだと思っているので、「みなさんが私にこんなイメージを持っているなら、次の作品でそれを裏切ったら面白いかもしれない」みたいに考えて選んだり。ただ、私に対するイメージや偏見が、私が大切にしているものを傷つける方向に向かっていきそうな場合は、勇気を持って「イヤ!」を伝えたいとは思います。
ウエンツ そうですね。僕自身、何か偏見を持たれて苦しんだ、という経験はないのですが、なんとなく「この人はあまり僕のこと好きじゃないんだろうな」と思うことはあるかも。それは直接言葉をいただくこともあれば、SNSで見かけることもありますけど、そういうときはなるべく、「自分も同じことをしていないかな」と省みるようにしています。今僕はいろいろなことに恵まれた状況にいるから、穏やかで安定していられるけれど、そうじゃなくなったときには周囲にきつい言葉を発してしまうこともあるかもしれない。自分も同じことをしてしまう可能性があるのではないかと考えるようになってから、相手の状況に思いを馳せるようになりました。なるべく敵対心を持つのではなく、温かい言葉で返せたらと思いますが、そのこと自体がまた相手を傷つける場合もあるし…とにかくその人の状況を考えるようになりました。歳をとりましたね(笑)。
奈緒 キャスト、スタッフ一同、温かいものを届けられるようしっかり取り組みますので、ぜひ劇場に足をお運びください。
(取材・文/小川聖子)
(撮影/中村麻子)