インタビュー

「壽祝桜四月大歌舞伎」インタビュー
松本幸四郎が魅せる冷酷無残な悪の華
〝立場の太平次〟へのこだわり 
-『絵本合法衢』-
松本幸四郎さん
松本幸四郎さん
権力者と庶民、ふたりの悪人
ノンフィクションのジャンルで極悪人を主人公とする傑作はいくつもありますが、歌舞伎も例外ではありません。そこで注目したいのが、明治座「壽祝桜四月大歌舞伎」で上演される『絵本合法衢』です。主演の松本幸四郎さんにお話を伺いました。

「こんなにも次々と無残なことが起こる作品はなかなか珍しいのではないでしょうか。人が殺められるシーンから始まるくらいですから」

 物語は幸四郎さん演じる左枝大学之助が、キー・アイテムとなる“香炉“を盗み出すことに成功したところから始まります。香炉は大名の多賀家に伝わる大切な品で、大学之助は多賀家の分家の当主。お家横領を企む大学之助がどのような人物かを、瞬時にして印象づける幕開きとなっているのです。


「大学之助に必要なのは大きさ。どれだけその存在感を示すことができるかです」

 大学之助の非道な行為はその後も続き、権力者特有の驕慢な態度で邪魔な者は容赦なく斬り捨てる。その冷酷さはモンスター級。観客の心をざわつかせる展開から目が離せなくなったところでもうひとり、やはり幸四郎さん演じる魅力的な悪人が登場するのです。それが立場の太平次です。

松本幸四郎さん

「同じ悪でもタイプは違う。そこに演じる上での面白さを感じます」

 歌舞伎で一人二役は特に珍しいことではありませんが、この作品はどちらも悪人であるところにポイントがあります。大学之助が身分の高い武士であるのに対して、太平次は庶民。太平次が登場する場面「四条河原の場」が始まると、舞台の空気感がガラリと変わります。

「大切なのはどれだけ生活感のある会話劇にできるかだと思っています。歌舞伎のせりふというと、黒御簾音楽が入るとかリズム感のある七五調などをイメージされる方が多いと思いますが、これは字余り字足らず多く、そこに作者である鶴屋南北の特徴があります」

 見世物小屋、毒酒など怪しげなキーワードに彩られた場を行きかう人々は姿かたちこそ江戸時代ですが、話している内容や男女の間の感情は現代に置き換えても共感できる部分がたくさんあります。

いつしか芽生えた疑問

 幸四郎さんは制作発表記者会見の場で、この『絵本合法衢』を「自分にとってこれまでで一番と言っていいくらい大きな作品」と語っています。幸四郎さんとの関わりを時系列で紐解いていくとそれは江戸時代に遡ります。初演で大学之助と太平次をみごとに演じ分け、評判を得たのは五代目幸四郎だったのです。
作品はヒットしその後も上演が繰り返されましたが、急速に近代化が進んだ明治という新時代を迎えると状況は一変します。上演の機会がめっきり減ってゆく中で意欲を示したのが、八代目幸四郎つまり幸四郎さんの祖父・初代白鸚でした。

「九代目幸四郎を名のった父(白鸚)も染五郎時代に演じています。当時の自分は子供だったのでよく覚えてはいないのですが、立廻りがありとにかく格好よかった大詰の閻魔堂の場面は印象に残っています」

 その後、歌舞伎としてこの二役を演じているのは片岡仁左衛門さんひとりで、その仁左衛門さんも2018年4月の歌舞伎座での上演を「一世一代」と銘打ってファイナルとしました。


 歌舞伎に限ったことではなりませんが、再演に際して演じ手が変わればその個性を生かすよう脚本にはアレンジが加えられます。世相を背景とした時代の空気を考慮しての変化もあります。そして今とは時間の感覚が異なる江戸時代の芝居見物は1日がかりでしたから、原作は長大な物語です。そこから何をどうチョイスし、どこに重きを置くかの選択は、常にその時代の今を生きる者に委ねられています。
 何度も繰り返し上演されて来た作品にはその数だけ積み重ねがあり、トライ・アンド・エラーの果てに到達した究極の形が存在する一方、上演がレアなものは未知の可能性を秘めているともいるのです。

松本幸四郎さん

 この作品が幸四郎さんの中で「一番といっていいくらい」になる過程で、ある疑問が芽生えたそうです。

「祖父はやっているのに父は上演していない部分があるのでなぜだろうと思い、父に聞いてみたことがあるんです。明確な答えは得られませんでしたが、自分がやる機会をいただけるのであれば、そこにこだわりたいと思いました」

 そのこだわりとは太平次。

「まったく動じることなく次々と人を殺めて来た太平次が、結局はあっさり殺されてしまう。そこに芝居としての面白さを感じます」

 女性を惹きつける色気を備え悪事の限りを尽くした太平次の最期。それは幸四郎さんが幼い頃に衝撃を受けた場面に託される模様です。大学之助の手先となりそれなりの功績を上げたこの無頼漢は、どんな行動に出て何を語りどんな末路を迎えるのでしょうか。
 『絵本合法衢』という正式な作品名がありながら「立場の太平次」という通称が有名なこの物語で、代々の幸四郎ゆかりの二役を十代目がどう見せてくれるのか興味は尽きません。そこには2023年の今だからこそ、響くものがきっとあるはずです。

文:清水まり 撮影:岩村美佳

『壽祝桜四月大歌舞伎』
4月8日(土)初日~25日(火)千穐楽

昼の部:『義経千本桜 鳥居前』『大杯觴酒戦強者』(おおさかづきしゅせんのつわもの)『お祭り』
夜の部:通し狂言『絵本合法衢』

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公演終了

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