2026年9月にKAAT神奈川芸術劇場での世界初演を控える、新作オリジナルミュージカル『アニオー姫』は、17世紀初頭の朱印船貿易時代、長崎の商人・荒木宗太郎とクアンナム国(現在のベトナム中部)の王女・グエン・ゴック・ホア(玉華姫/通称・アニオー姫)が国境を越えて結ばれた実話をベースにした壮大な歴史ロマンです。
本作は、先行して誕生したオペラ版と“双子”のように並び立つ作品として、ベトナムの作曲家・チャン・マィン・フン氏による全面書き下ろしの楽曲とともにミュージカル化されたもの。主演を務める田代万里生さん、小野田龍之介さん、音くり寿さん、ドー・ファン・ザ・ハンさん(18歳のベトナム人新星)の4名に作品にかける意気込みを聞きました。
(左から)田代万里生さん、音くり寿さん、ドー・ファン・ザ・ハンさん、小野田龍之介さん
日本とベトナムを繋ぐ物語 「史実」であることに驚きます
――日越共同制作という挑戦的な作品ですが、出演が決まった時のお気持ちをお伺いできますか。
田代万里生(荒木宗太郎役・Wキャスト)僕はこれまで16〜17年ほどミュージカルをやらせていただいていますが、実は「日本人」の役を演じるのは今回が初めてなんです(笑)! 初めて演じる日本人の役が、この荒木宗太郎という人物で、宗太郎が活躍した土地である長崎の生まれでもあります。九州の血が入っていることもあり、こうして長崎を舞台にした作品で、日本人の役でミュージカルに出演できる日が来るなんて、と出演を本当に嬉しく思っています。 日本とベトナムを繋ぐこの物語が、史実に基づいているということにも「本当にこんなことがあったんだ!」と驚きましたし、オペラ版を拝見した際には本当に感動しました。脚本はもちろん、フン先生の音楽に感銘を受けたので、その風景がまったく違うミュージカル版としてどのように書き下ろされるのか、今からとても楽しみにしています。
小野田龍之介(荒木宗太郎役・Wキャスト)先日、この作品のゆかりの土地であるベトナム・ホイアンを訪問した際、素敵な出会いがありました。レプリカの御朱印船を見学していた際、声をかけてくれた方がいたのですが、「これは長崎のお祭りでも使われている御朱印船ですよ。実は昔、荒木宗太郎という日本人がいて、その人がベトナムのお姫様と結婚して、その話はオペラにもなっているんです」と説明してくださって…。「実は私、その荒木宗太郎なんです」と言ったらものすごくびっくりされて、一緒に写真を撮りました(笑)。よく考えたら『宗太郎の末裔』だと思われた可能性もありますね。ただ、今もこうしてベトナムと長崎との繋がりを誇りを持って語り継ごうとしている方がいる、その姿を目の当たりにして、この作品が持つ特別さを改めて実感しました。元々あったやる気がさらに倍増しました!
――長崎では、400年前から続く伝統のお祭り「長崎くんち」において、7年に1度「御朱印船」の演し物が登場し、今も宗太郎とアニオー姫の物語が大切に語り継がれているそうですね。アニオー姫役の音くり寿さんも、撮影のためにホイアンを訪れたそうですが、現地の印象はいかがでしたか。
音くり寿(アニオー姫役・Wキャスト)ホイアンは私にとって初めてのベトナムで、刺激的なことばかりでした。なかでも一番印象的だったのは「ベトナムの女性はものすごくエネルギッシュで華やかで魅力的」ということです。 私が伺ったのはちょうど旧正月の前。街がいっそう華やぐ時期だったこともあり、現地の方々が思い思いの美しいアオザイを着て、カフェや撮影スポットに集まって楽しんでらっしゃる姿をたくさん目撃しました。お年を召したマダムたちもお洒落をしてエナジーに溢れていて、それが本当に素敵で。 日本人の私にも言葉を交わさずとも微笑みかけてくださるなど、皆様のあたたかさや心の余裕がとても印象に残っています。
――そしてもう一人のアニオー姫、ベトナム出身で現在18歳のドー・ファン・ザ・ハンさん。昨年12月から日本語の勉強をスタートし、本作では全編日本語での芝居と歌唱に挑みますね。
ドー・ファン・ザ・ハン(アニオー姫役・Wキャスト)よろしくお願いします。私は今、日本語をたくさん勉強しています。日本語は少し難しいのですが、がんばって学んでいます。母と一緒に日本に来たのですが、母が先にベトナムに帰ってしまったので、今は寂しい思いがしています。きっとアニオー姫もこんな気持ちだったのかと思いますので、自分の気持ちも感じながら、アニオー姫の役づくりをしていきたいと思っています。
宗太郎は当時のスーパーマン、強いエネルギーを伝えたい
――それぞれが演じられる役の魅力や、現時点で捉えているキャラクター像についてお聞かせください。
田代荒木宗太郎についてはまだまだ勉強中ですが、あの時代にいわゆる「国際交流」を先駆けて行い、外交でもうまく立ち回って大きな富を築いたという人物。本当に「時代のスーパーマン」だったのだろうなと感じています。これから長崎へのリサーチ、そして僕自身もベトナムにお邪魔させていただく予定なので、資料だけでなく現地の空気に触れて、自分の中からリアルな荒木宗太郎を生み出していきたいです。
小野田僕はもう、周りからもよく言われるこの自慢の胸板で、「海の男感」を出していきたいと思っています(笑)。宗太郎は船乗りですからね。「アニオー姫」というタイトルだけだと、一見「かっこいい王子様とお姫様のおとぎ話」のように捉えられるかもしれませんが、知れば知るほど、宗太郎は当時の最先端を大きなエネルギーで切り拓いた男性。思った以上に「漢(おとこ)」という印象で、幹の太い生命力に溢れています。 とても大きな愛を持った人だとも感じますが、それが決して恋人同士だけのものでなく、周囲の人々や、ベトナムと日本を繋ぎたいという思いにまで広がっているところに、器の大きさを感じます。先日の視察では、宗太郎と同じように貿易商として生き、鎖国令によって帰国することになりながらも、愛する人に会うためにホイアンに戻ろうとして倒れた方のお墓参りもさせていただきました。そんな歴史に触れると、自分と同じ血が流れる「日本人」を演じることも相まって、決してよそ事とは思えない強い責任を感じます。この思いを大事に役を作っていきたいです。
アニオー姫は自分にも他人にも深い愛を抱いた女性だったはず
――情報が制限されていた時代に、国を越えて嫁ぐ選択をしたアニオー姫。アニオー姫を演じるおふたりは彼女をどう捉えていますか?
音情報化社会と言われる現代でさえ海外へ行くのは不安があるのに、何も情報がない時代に、若くして国を越える決断をした勇気、そして宗太郎さんの愛を信じる心、時代の荒波が来ようとも希望を捨てない強い信念を持っていたのがアニオー姫だと思います。 そんな彼女の「信じる力」には、今を生きる私たちにもつながるものがあると感じます。さらに、長崎の人々に今もなお「アニオーさん」と親しまれ、愛され続けている史実を見ると、彼女の大きな魅力には「愛の深さ」があったのではないかと思います。愛を「もらう」のも「あげる」のも、どちらも本当に真っ直ぐで巧みだったのかな、と。ベトナムを訪れたときのことを思い返しても、ベトナムの方々はこちらが不安そうな顔をしていても飛び込んできて、心をオープンにしてくれる優しさがありますよね。その優しさに私はたくさん助けられましたし、同時に自分に足りないところでもあると感じたので、それを補いながら役作りをしていけたらいいなと思っています。
ハンアニオー姫は、住み慣れたベトナムを離れて異国の愛する人のところへ行き、そこで生活をした本当に「強い人」です。そして、誰に対しても親切で、人に愛される人。長崎で宗太郎のことをベトナム語で「アイン・オーイ(あなた!)」と呼んでいたのが、地元の言葉と混ざり合って「アニオーさん」という愛称になったエピソードからも、彼女の親しみやすさが分かります。 また、先行したオペラ版を見て感じたのは、彼女は「自分の心のままに生きたい」という強い意志を持っていた人でもあったということです。たとえ周りからいろいろ言われても、自分が決めた愛の通りに生きる人。そして非常に聡明で、物事をしっかりと考えられる女性です。彼女のこうした素晴らしい性格をしっかり観客に届けるために、たくさん調べてがんばりたいと思います。
小野田僕は過去にベトナムを題材にした別の作品で、ベトナムの女性と恋に落ちる役を演じたことがありますが、ベトナムの女性はとても崇高で、家族や先祖を大切にするどこかスピリチュアルな空気感を持っている気がします。
田代そうですね。今回の役を演じる上でも、そんな彼女たちの存在は僕たち(宗太郎役)にとっても大きなインスピレーションになるだろうと思います。とはいえ、まだ稽古は始まっていないので…。
小野田稽古はまだまだ先ですね。だから本当は僕たち何も知らないんです(笑)。
日本とベトナムが混ざり合う違和感が「癖」になって欲しい
――製作発表会では、キャストのみなさまに素晴らしい楽曲、歌声を披露していただきました。ミュージカル版ならではの「楽曲の魅力」についてはどのように感じていますか。
田代オペラ版が非常にアーティスティックでアカデミックだったのに対し、ミュージカル版は日本語の歌詞ということもあり、驚くほどキャッチーでポップに聞きやすくなっています。「本当に同じ作曲家なの?」と思うほどです。 それでいて、宗太郎のナンバーにはトリッキーな部分があったり、アジアの地ならではのオリエンタルな響きもしっかり入っている。これからベトナムの伝統楽器なども入ってくるそうなので、その融合がとても楽しみです。
小野田日本のオリジナルミュージカルを、ベトナムの作曲家が手掛けるというのは初の試みではないでしょうか。非常に貴重な機会です。やはり日本語のイントネーションに合わせてメロディーが作られているので、とても心地よく、感情が乗せやすいのが大きな魅力です。そして何より「日本的になりすぎない」絶妙な混ざり合い方が、僕たちがベトナムで感じてきた現地の雰囲気にもすごくマッチしてくる気がします。
田代そうですね。どちらか一方の国からの視点で描かれた既存の海外作品とは違って、この『アニオー姫』は、日本とベトナム、両国の視点がフェアに入っている。どちらの国の人が観ても「自分たちの物語だ」と思えます。そこが唯一無二の強みではないでしょうか。
小野田その分、お互いがこだわり抜くこれからの稽古期間はもの凄く大変だと思いますよ(笑)。でも良い作品が生まれるには「産みの苦しみ」がありますから。味わいながら、力を尽くしたいです。
ハンベトナム文化と日本文化の融合は、本当に特別な試みです。今日披露した3曲だけでも、たくさんの感情と音楽的要素が含まれていました。宗太郎のソロには勇ましい雰囲気があり、デュエットにはロマンチックな愛が溢れている。そしてアニオー姫のソロには、ベトナムの伝統音楽の旋律と日本のメロディの両方が入っています。この作品を通じて、両国の音楽文化の素晴らしさを紹介できるのではないかと思っています。
音実は、今日披露したナンバーを仕上げる段階でも、演出の大山さん、作曲家のフン先生と何度も何度もすり合わせをしたんです。日本とベトナムの音楽が混じり合う中で、良い意味での“違和感”というか、どちらともカチッと腑に落ちない瞬間があって、その調和点を探るのにものすごく時間をかけました。 でも、その引っかかりこそがこの音楽の魅力。あえてその“違和感”を武器にして、お客様が劇場を出る頃には「なんだか癖になって、つい口ずさんでしまう」ような、新しいジャンルの音楽と歌い方を、これからキャスト全員で生み出していけたらとても楽しいなと思っています。
(取材・文/小川聖子)
(撮影/山本春花)