Interview
30歳、僕にしかできないエドガーを
2026年秋、世界を魅了し続けるシェイクスピアの傑作『リア王』が、森新太郎さんの演出、内野聖陽さん主演で開幕!数々の映像作品や舞台で確かな存在感を放ち、今年30歳という大きな節目を迎えた俳優・井之脇海さんが、本作で物語の鍵を握る重要な役どころ・エドガーに挑みます。 まだ本格的な稽古が始まる前、ビジュアル撮影を終えたばかりの彼に、初のシェイクスピア作品にかける思いを伺いました。
井之脇 海さん
30歳の節目で挑む初のシェイクスピア作品
―― まずは、今回初のシェイクスピア作品への参加が決まった時の心境からお聞かせください。
お話を聞いた瞬間は、「とうとう来てしまったな」という感覚でした。役者を仕事にしているからには「いつかは挑戦したい」と思っていましたが、そう願って簡単にご縁をいただけるわけではないので…。だからこそ、お話をいただいた時は「いよいよその時が来たか」と身が引き締まる思いでした。 ちょうど自分も30歳になって、役者としても人間としても新しいフェーズ、次のステップに進みたいと思っていたタイミングだったので、ドキドキやプレッシャーはありますが、とにかく「頑張ろう!」と思いました。
―― これまで、シェイクスピア作品に対してはどのようなイメージをお持ちでしたか。
これまではあまり深く関わる機会がなかったこともあり、正直「すごいお話だな」「なんだか難しそうだな」という印象でした。でも、今回挑戦すると決めた上で改めて戯曲に向き合ってみると、セリフの1つ1つが本当にカッコよくて…さらに緻密に計算されて書かれていることにも驚きました。何百年も前の本なのに、現代を生きる僕たちにも鮮明なメッセージが伝わる物語で、改めて素敵な、素晴らしい作品だなと思いました。
貴公子から極限状態へ 人間の「二面性」の面白み
―― 今年はさまざまな劇場で『リア王』が上演される、いわば“リア王ラッシュ”の年でもあります。それぞれ異なる味わいがあると思いますが、今作は内野聖陽さんがリア王を演じられるということで、一段とパワフルな作品になりそうです。その中で、井之脇さんが演じるのはグロスター伯の嫡男・エドガー役。エドガーは、もともとは誠実で育ちの良い若者だったはずが、策略に巻き込まれ最後は「物乞いの狂人(あわれなトム)」に身をやつしていくというキャラクターです。現時点で、どんな印象を持たれていますか。
エドガーという役の最大の面白みはやはり、「1人の人間なのに、まるで2人の異なる人間を演じるように表現できる」というところにあるのではないかと思っています。 最初の貴公子としての姿と、その後の姿とのギャップが出れば出るほど、彼は観客の皆さんに強い印象を残していくのかなと。逆にそこが中途半端になると、ただ途中でキャラクターが変わっただけに見えてしまう危険もあります。そうではなくて、「ちゃんと1人の人間が、このふたつの強烈な面を持っているんだ」という地続きのリアリティを持たせることが、この役を演じる上での一番の面白さであり、難しさだと思っています。
―― 全く違った面を持ちつつも、実は同じひとりの人間である、というところですね。
そうです。外見や行動は全然違って見えるけれど、人間の根底にあるものは同じ…。それを探していくのがこれからの稽古だと思っていますし、その作業を楽しみにしています。きっと何か、彼を突き動かしている「本質的なもの」があるはず。たとえば、元々は由緒ある家柄の嫡男だったという品やプライドのようなものが、極限状態に陥ったときにもふとした瞬間に見え隠れするとか、そういった細い線をしっかり繋げて、1人の人間の二面性として成立させられたらとても面白いキャラクターになるかなと思っています。
趣味の「登山」は役作りのヒントになる?
―― 井之脇さんと言えば大の「山登り好き」としても有名です。今回、エドガーが荒野をさまようという過酷なシーンがありますが、ご自身の山での体験などが演技のヒントになりそうですか。
どうだろう……!? 山を意識すると、逆に元気になっちゃうかもしれないです(笑)。僕、山が本当に大好きなので。過酷な荒野を表現するなら、どちらかと言えば、寒くて孤独な砂漠のような場所をイメージした方がいいかもしれません。
―― なるほど、井之脇さんにとって山は過酷な場所というより、エネルギーをチャージして笑顔になる場所なんですね。
そうなんです。山に行くとニッコニコになっちゃうので(笑)。ただ、これまでにもだいぶ厳しい山を登ってきているので、もちろん登山の最中に「本当に辛い、苦しい」という瞬間はたくさんあります。でも僕は、辛い時ほどなぜかニコニコ笑ってしまって……。あ、これはもしかしたらヒントになるかもしれないですね!? まだ稽古は先なので、具体的なプランは何もないのですが、今考えていることは、ただ単に台本通りの「哀れなトム(狂人)」をやるだけでは、僕がこの役を演じる意味がないのかなと。正直、僕はそんなに器用なタイプではないので、表面的な理解で進めようとしたら、それこそ内野さんや森さんに稽古場でボコボコにされてしまうと思います(笑)。 エドガーという1人の人間が、追い詰められていくプロセス、そして迎える極限状態の狂気の中に、例えばさっき言った「悲しい時ほど笑ってしまう」みたいな、人間のリアルが滲み出るような、そんなエドガーをこれからの稽古期間で見つけられたらと思っています。
―― 役を構築していく時は、自分との共通点や共感できるポイントを手がかりに手繰り寄せていくタイプですか。
基本的には人物の理解度を上げていくことを優先しますが、演劇、特に今回のシェイクスピア作品に関しては、感情優先ではなく、まずは「頭でしっかりと理解する」ということを大切にしたいと思っています。というのも、シェイクスピアの作品は登場人物の「役割」がものすごくはっきりと分かれていて。今回本を読んでみて、セリフの1つ1つを「いかに観客に正確に聞かせられるか」が重要だと感じました。言葉の力が強く、語らなければいけないセリフも膨大にある…そんなときに、役柄の「感情」だけで押し通そうとすると、作品の本質からブレてしまう気がして…。たとえ自分の感情として矛盾を感じる瞬間があっても、まずは言葉を信じて言ってみる、そういうアプローチが必要になるのかなと思っています。
―― 物語のピースとして、自分がどんな役割を担い、どこを際立たせるべきかをまず整理されるということですね。
そうです。自分の中で「マップ(地図)」を描いて、通るべきチェックポイントを決めて、設計図を引いて、なんならプラモデルの骨組みまでカチッと組んでいくように取り組みたい。そこに本番でどんな色を塗っていくかは自由、という感覚に近いかもしれません。 ……なんて、偉そうに色々と言っていますけど、実際に稽古に入ったらそんな余裕は一切なくなって、「そんなこと言ってられない!」ってなるかも(笑)。実は、この作品への出演が発表されたときに役者仲間から、「素晴らしい役者さんたちが演じてきたエドガーを演じるのは大変だね」とLINEをもらったんです。もちろんその通りなのですが、他の役者さんがどう演じてきたかということに、僕は怖さを感じないんです。「僕にしかできないエドガーが、絶対にここにある」という強い自信で稽古に臨んでいきたいと思います。
「諦めない方だよ」という言葉に希望を持ちました
―― 演出を手がけられるのは、森新太郎さんです。演劇界でも非常に熱く、濃厚なクリエイションをされることで知られていますが、森さんの演出についてはどのような印象ですか。
僕はまだお会いしてじっくりお話する機会は得ていないのですが、各所から「厳しい方だ」という噂は聞いていますので、最初は恐れ多い思いもありました(笑)。でも、今日のビジュアル撮影の合間に、これまで森さんの現場を経験されてきた方たちが、「森さんは諦めない方だよ」と教えてくださって。それを聞いて、なるほどと合点がいきました。「厳しい」という言葉だけだと怖い印象になりますが、「諦めない」ということは、役者に対して最後まで向き合ってくれるということ。それは役者にとってとても贅沢なことだと思うので、これまでの不安が希望に変わりました。僕自身、お芝居の稽古期間が本当に好きなんです。だから、たとえ森さんから100本ノックのような過酷な稽古をつけていただいても、全部受け止めたいですし、なんなら「101本目行きましょう!」と自分から言えるくらいになれたらいいなと思っています。
―― 大先輩たちが揃う座組ですし、良い緊張感がありそうですね。
そうですね。キャスト表を見渡しても、僕が一番若いかも。コーディリア役の清水くるみさんは僕の1歳年上で、昔から知っている友だちでもあるのですが、そのくらいで。今回は初めてのシェイクスピアですし、大先輩方からたくさんのことをお聞きして、色々な知識や経験を吸収させてもらえたらと思っています。自分から積極的にコミュニケーションを取りに行って、懐に飛び込んでいかないとですね。
―― そして、主役のリア王を演じるのは内野聖陽さんです。内野さんに対する印象や、特別な思いなどはありますか。
今回の内野さんのリア王は、従来の老境のイメージよりも若々しいですし、僕自身、どんなリア王になるのか一観客としてもすごく楽しみです。「まだまだいくぜ!」という強いパワーを感じるリア王に対し、僕がどう対峙していくか、今から背筋が伸びる思いです。実は、僕がまだ子役だった頃に、ドラマ(2008年『シリウスの道』)で内野さんの少年時代(子供時代)を演じさせていただいたことがあるんです。 その時の監督さんが、それこそ子役であっても役者には徹底的に向き合う厳しい方で、現場でも「お前が成長して、大人になったら内野聖陽になるんだぞ。そういう説得力のある子供時代をお芝居で見せなきゃいけないんだ」と叩き込まれて。 子供ながらに印象的でしたし、その時から「内野さんは本当にすごい役者さんなんだ」と強い尊敬の念を抱いています。だからこそ、内野さんに成長した姿をしっかりとお見せしたい。劇場でしか味わえない熱い『リア王』をお届けしたいと思っていますので、ぜひ楽しみに待っていてください。
取材・文/小川聖子
撮影/藤本聡太