INTERVIEW
今この瞬間に全力を捧げるビリー役の少年たちとともに作品を盛り上げるのは、日本の演劇界を代表する豪華実力派の大人キャストたち。その中から今回、ビリー・エリオットのお父さん役を務める益岡徹さんと鶴見辰吾さん、ビリーにバレエを教えるウィルキンソン先生役を務める安蘭けいさんと濱田めぐみさんにインタビュー。益岡さんは初演から続投で3度目の出演、安蘭さんは再演からの続投、鶴見さんと濱田さんは初出演となる。それぞれの役への意気込みや作品への熱い思いを伺った。
(後列左から)濱田めぐみさん、安蘭けいさん、益岡徹さん、鶴見辰吾さん
── まずは、製作発表会見で「念願の出演が叶った」とおっしゃっていた鶴見さんと濱田さんに、今感じていることをお聞きしたいと思います。
鶴見辰吾(以下、鶴見) この作品のスターであるビリーの父親を演じることができるという幸せを感じています。そして久しぶりのオーディションでこの役を手繰り寄せたので、その達成感もありますし、自分で掴み取った役というのが嬉しいです。製作発表の時に思ったんですけど、大リーグのチームに入団して記者発表しているのって、こんな感覚なのかなぁって。この作品に参加するというのは、なんというか、ドリームチームに入れてもらったような…。そんな感覚を味わいました。
濱田めぐみ(以下、濱田) オーディション、結構しっかりとありましたよね。
鶴見 ありましたね。広いところで、歌も踊りもお芝居もちゃんとやりました。
濱田 本当にしっかりとしたオーディションでした。1時間枠くらいの中で、ガンガン歌って、シーンを何回も演じて。踊りは、最初に「ダサく踊れる?」って言われたんです。私、普通に頑張って踊ったんですけど、合格だったってことはきっとダサかったんですよ。
鶴見 そんなことないですよ(笑)。
濱田 「この人、ブロードウェイでうまくいかなさそうだな」という風に見えたのかも(笑)。合格の知らせを聞いた時は、自分の中で「こういう風にやりたい!」というよりも、みなさんの中に入って、いろんなビリーを見た中で、自然と醸し出てくるものでウィルキンソン先生役を組み立てていこうかなと思いました。以前この作品を観た時に、ウィルキンソン先生役はすごく難しいなと思っていたんです。キャラクター性をちゃんと持ちながら、それぞれのシーンでどう居るかが難しい。そこをすごく上手く演じているのがとうこちゃん(安蘭けいの愛称)で。素敵だなと思って、その居様をお手本にさせてもらいたいと思っていますが、まだまだ模索中ですね。
── 3回目のお父さん役となる益岡さん、2回目のウィルキンソン先生役となる安蘭さん。経験を踏まえて、役や作品への思いを教えてください。
安蘭けい(以下、安蘭) 前回ウィルキンソン先生を演じて、本当に楽しかったです。役作りもあんまり考えなくて、自分の中に役の要素があったような気がします。自分の持ち味も近いものがあったのかもしれませんが、私の中でお手本にする先生がいたので、あの先生はこんな感じだったなと連想できて、力を貸してもらって演じられました。あとは、子どもたちの成長を見ていると勝手に気持ちがくっついていくので、誰もがウィルキンソン先生になれるしお父さんにもなれる。だから役作りにはそんなに苦労しなかったと思います。ただ、前回は稽古がリモートで、動きも全部決まっていて。それは、ビリー役が4人いるので、きちんと同じことをしないと彼らが戸惑ってしまうから。その点がなかなか慣れなかったのですが、それぞれの子どもに個性があるから、動きは同じでもビリーに対する気持ちはちょっとずつ違ったりするんですよ。だから、毎回自然に、新鮮に演じられたんですね。今回は公演期間が長いので体力的には心配ですが、気持ち的にはまた自然でいられるだろうなと感じています。
益岡徹(以下、益岡) いや、もう、3回目はないだろうなと思っていたんです。年齢的なことも考えたからね。僕はオーディションを60歳越えて初めて受けたんですよ(初演時)。しかもミュージカルはやったことがない。受けてみたものの、大変だなぁと思いましたよ。でも合格の知らせを聞いた時に、60を過ぎても同じように嬉しいんだなと、自分の中で発見がありました。稽古が始まるととにかく初めてのことばかり。大人の役の動線があるんだけど、初めはなぜそう動くのかがわからない。子どもたちの動きを組み合わせた時に意味がわかって、まるでパズルみたいでした。「なるほど、ここで子どもが思い切り走っていくんだ」とかね。セリフは覚えなくてもできるんですよ。なぜかというと、子どもの集中力を考えると、長いセリフや長いシーンを作らないから。普通に稽古していれば自然に入ってくるっていうのかな。ウィルキンソン先生は結構長いセリフがあるからまた別なんだけど。だから、自分だけじゃなくて各側面から役や作品が組み上がっていく感じで、よくできているシステムだなと。さっき、とうこさんも言っていたけど、自然に出来上がっていくんだよね。
鶴見 初演から出ていた益岡さんに聞きたいんですが、九州の方言でやろうというのは誰の発想なんですかね?
益岡 イギリスの制作チームじゃない?東北弁という話もあったらしいけど、同じ炭鉱町の九州の筑後弁がいいってことになったんだよね。(劇中で)子どもたちが「電気」という言葉を使うけど、これもイギリス人にはその語感がいいらしくて、「電流とかじゃなくて電気なんだよ!」と。日本語話者じゃない人たちの言葉への感受性のようなものをすごく感じたことがありました。
── 濱田さんから安蘭さんに聞いてみたいことはありますか。
濱田 この作品って傾斜舞台でしたっけ?
安蘭 そうですね。
濱田 縄跳びタップっていうのがあるんですよ。オーディションでもやって、「大丈夫だろう」みたいな感じになったんですけど、そういえば傾斜舞台だった…と思って。どんな感じなんでしょう。慣れる?
安蘭 慣れる慣れる!もちろん慣れるけど、傾斜じゃなくても難しい(笑)。まずは跳びながらタップをするというのをマスターしないと。しかも子どもたちの吸収力ってすごいから、一緒にスタートしても子どもたちの方がどんどん上手くなって、もう大人たちは焦るの(笑)。子どもたちに負けちゃう。でもまあ、それくらいでいいのかな。
益岡 それも見どころのひとつだよね。子どもたちの縄跳びタップやアクロバットが上手くいくと、袖から見守っていた大人キャストはワーッと拍手していましたね。
── 製作発表でビリー役4人がパフォーマンスを披露した時も、大人キャストのみなさんが盛り上がっていましたね。どんなお気持ちでしたか。
安蘭 必然的に手拍子をしたくなるし、子どもたち同士で「頑張れ!」って声をかけているシーンもぐっときて。
濱田 そうそうそう!
鶴見 うん、いいよね。
安蘭 誰もが親の気持ちになっちゃいますよ。
益岡 そうだね、自然にそうなるよね。
鶴見 彼らのパフォーマンスを見て、もうお父さんのスイッチが入っちゃったな。
── これから始まる稽古に向けて、楽しみにしていることや期待感はありますか。
鶴見 共演者やスタッフに会うのが楽しみです。日本では僕の顔と名前が一致する人はいると思いますが、イギリスの演出家は鶴見辰吾を知らないですから、忖度もないわけで。イギリスのクリエイティブチームからどんなことを教わったり、吸収したりできるかが楽しみですね。
益岡 鶴見さんと濱田さんが加わり、死んだお母さんの役も今回初めて変わり、ジョージ役も芋洗坂係長さんになりました。役作りをした上でというのではなく、まずは素の状態で関わり合いながら、作品がどう出来上がっていくんだろうというのはすごく楽しみですよね。
安蘭 前回はコロナ禍の中での稽古だったので、外国スタッフは来れないし、みんなマスク着用でした。マスクをしながらこのパフォーマンスをどれくらいできるのかなとすごく考えました。
益岡 もう、高地トレーニングみたいなもんだよね。
安蘭 すべてが未知!子どもたちがマスクをして踊っているのを見ていて胸が痛かった。ビリーだけじゃなくバレエガールズもみんなマスク。しかもお芝居が初めての子たちが、表情のわからない大人たちと稽古をするなんて…。今回は初めからお互いの顔を見て稽古できるから、また違った雰囲気になるだろうなと思います。
鶴見 西川大貴さん(ビリーの兄・トニー役)が言っていたんですけど、2020年の『ビリー・エリオット』はコロナ禍の中で世界的にも一番最初にお客様を入れて上演したそうです。その時の出演者やお客様の感動は決して忘れられないと。
益岡 みんなの希望だったみたいですよ。舞台をやる人たちにとっても、それを観るお客様にとっても。エンターテインメントが「不要不急」なんて言われた時でしたから。
鶴見 そういうものを凌駕する作品ですからね、『ビリー・エリオット』は。
濱田 毎回、カンパニーごとの色が出てきて、本当にファミリーになるんですよね。稽古場に行くとまずほっこり落ち着くし、みんながいるから稽古場に行ける。そしてそこから生まれる世界観を、自分ひとりではなくみんなで積み上げられるんだということを毎回思えるのがすごく好きなんです。本作はやっぱり子どもたちもいっぱいいるし。私、子どもたちとのお芝居が多い舞台に色々出ていて、『オリバー!』とか。『オリバー!』で舞台デビューして私にすごく懐いてくれていた子が、今回はマイケル役で出演するんです。子どもたちの成長を見守れるのも嬉しいですね。
── 役や作品が「自然に出来上がる」とおっしゃっていましたが、その中でも特にこだわっていらっしゃることや、今回取り組みたいと思っていることはありますか。
鶴見 立っているだけで「ビリーの父親だ」となるには…というのを自分なりに研究しています。具体的な研究内容は秘密です(笑)。とにかく、余計な小細工はせずに、袖から出てきた瞬間にビリーのお父さんだなと伝わるように。4人のビリーに分け隔てなく愛情を注いで、それぞれの公演をしっかり演じ切る。それがこだわっているところです。
益岡 歌がね、もうちょっと上達したいなと。テクニック的に上手くなるという意味ではなく、もっと何か方法があるんじゃないかなと思っています。「お前の今の下手さでいいよ」と言われてやっていた部分に甘えていたかもしれないと思うし。自分に成長する余地があるとしたらね、もうないかもしれないけど。
安蘭 あります、あります!
益岡 あまり上手にできないのはわかったし、上手ではダメなんだよというのもわかっている。でも、どこかに何か、隙間があるんじゃないかなっていうね。
鶴見 歌の探求っていのは、もう果てしないですよね。上手ければいいわけじゃないですし。
濱田 味ですよね。
益岡 だからミュージカルって楽しいんだと思う。昔は急に歌い出すなんてと思ったけど、今は、感情が昂ったら歌になっても全然おかしくないんだと思うもん。むしろ歌って伝えるしかないよって思う(笑)。
安蘭 前回やらせてもらっているからこそ、記憶がやっぱりあるのですが、それをなぞりたくないなと思っています。キャストや環境も変わり、前回とはまた違う先生ができたらいいですね。
濱田 ウィルキンソン先生は、独特な立ち位置だと思うんですね。いっぺん街から出て挫折して戻ってきて、バレエ教室の先生としてしか術がなくて。あの空気感を出すのって、相当至難の業だと自分では思っています。スッと出てきた瞬間に「あぁ、わかる!この人」っていうところを目指したいです。ウィルキンソン先生の根幹と自分とでは真逆だと思うんです。私は嫌なことをすぐ忘れちゃうし。ウィルキンソン先生の根幹の部分を探し出して、何度も疑似経験を積んでいくしかないですし、人生をもうひとつ作るわけなので、私は時間がかかると思います。とにかく初日までに合わせていければいいなって思います(笑)。
── 最後に、お客様へのメッセージを一言ずつお願いします。
鶴見 まだまだ日本中にミュージカルを観たことがないという人が大勢いると思うんですけども、初めてのミュージカルは『ビリー・エリオット』で経験していただきたいです。「ミュージカルっておもしろいの?」と懐疑的な人こそ、ぜひ!そして今後いろいろなミュージカル作品を観ていただきたいです。よろしくお願いします。
安蘭 私も大好きな本当に素敵なミュージカルなので、初心者の方にもミュージカル好きな方にもとても優しい作品だと思います。子どもたちの成長を目の当たりにできる作品は稀ですし、ものすごく夢が詰まっているので、ぜひ劇場に観に来て欲しいなと思います。
濱田 とにかく、幕が開いた時のこの作品の世界観って、他の演目とちょっと違うんですよ。何が違うかというと、人間の本能というか、夢を追い求めたい自由な気持ちの本質的な部分を掻き立てられるというところなんです。素朴な人間たちが葛藤しながら生きている強さっていうのが根底に流れていて、みんなが心に傷を持っている。だからこそ人に対して優しさや救いたい気持ちがありながらも、生きていくのが大変だから自分を守ってしまう。いろんな駆け引きがある中、ポンって光のように現れたビリーという魂にみんなが吸い寄せられて、一気に展開していくというドラマ性が魅力です。そして、幕開けから幕締めまでのほんの3時間弱の物語の中で、子どもたち全員が役としても役者としても成長していく。そして観ている自分自身も観始めた時と観終わった時で気持ちがガラッと変わる。それをぜひ体感して欲しいです。
益岡 『ビリー・エリオット』初演の時に、高校時代の友人たちが観に来てくれたんですよ。僕が「俳優になりたい」とクラスで発表した時、彼らが「お前、何言ってるの?」という感じで振り返ったのを覚えています。年月を経て、おそらく会社勤めで定年を迎えた人もいて、その彼らに、違う人生を歩んだ人間もいるんだと気づいてもらえたと思いました。この作品の中でも、そういう人の心の動きとか時の流れとか、なんとなく通じるものを感じるんですよね。最初は反対していたお父さんも、街の人たちも、夢を諦めず人と違う人生を歩んでいくビリーを応援してくれたりね。他にもいろいろと、人間が生きるということに対しての着眼がとても素晴らしい作品だと思うので、幅広い世代の方に、特に僕は年配の方にもぜひ観てもらいたいです。大人も子どもも、どんな人も、それぞれの人生や思いに重なる部分を感じられる舞台になると思います。