インタビュー
世界的ヒットを記録した人気ゲーム『FINAL FANTASY X(ファイナル ファンタジー テン/以下FFX)』が、“大長編”の新作歌舞伎として、2023年春に上演されることが決定!
企画、演出、主演を務めるのは、過去に『極付印度伝 マハーバーラタ戦記』、『風の谷のナウシカ』など数々の新しい歌舞伎作品を創り出してきた尾上菊之助さん。「ゲームを歌舞伎化する」という前代未聞の挑戦に取り組む、熱い思いを聞きました。
(写真:山口真由子)
俳優 尾上菊之助さん
ステイホームをきっかけに『FFX』に再び魅せられました
── 『FINAL FANTASY X(ファイナル ファンタジー テン/以下FFX』は、続編を含めて世界累計出荷・DL数が2080万本を超える(2021年9月末時点)大ヒットゲームです。まずは、このゲーム作品を歌舞伎にされようと思った経緯から教えてください。
コロナ禍が始まった2年前は、歌舞伎も半年近く全ての公演が中止になり、私たちも「ステイホーム」を強いられました。配信など、新しい形態を模索してはいたものの、先行きが見えず、私も鬱々とした毎日を送っていました。そんなとき、ステイホームでゲームの需要が高まっていることを知り、少しでも明るい気持ちになりたくて、久しぶりに『FFX』をやってみたんです。実は子どもの頃や学生時代はゲームが好きでよくやっていたのですが、菊之助を襲名して、忙しくなってからは離れてしまっていました。それでも『FFX』はずっと心に残っていた大好きな作品だったので、思い立って再びプレーをしてみたところ、コロナ禍の状況と照らし合わせてみても、非常に強いメッセージ性を持った素晴らしい作品であることを再確認しました。そこで『FFX』を歌舞伎化したら、とてもいいものができるのではないか」と思い至りました。「FINAL FANTASY」シリーズは、日本のみならず、海外にもたくさんのファンがいる作品ですし、ゲームと歌舞伎という異なるジャンルをつなぎ、総合文化として発展させることができれば、少しでも日本を元気にできるのではないか……。そんな思いを込めて、仲間たちと企画したのが経緯です。
── 「FINAL FANTASY」シリーズは、もともとスクウェア・エニックスさんが手がけたゲームですね。菊之助さんはご自身で直接アプローチされたと伺いました。
そうなんです。『FFX』を歌舞伎にしたいと思い立ったときはコロナ禍でしたので、許諾を得たいと思ってもすぐに直接お会いすることが難しく、少しでも熱意が伝わればと思い、ビデオレターを作ってお送りしました。その後、直接お会いできることになり、企画書を手に会社に伺って門を叩いたときには、「ああ、憧れのスクウェア・エニックスさんだ!」と、とても興奮しました(笑)。
── それで無事に許諾を得られたのですね(笑)。
はい(笑)。もちろん許諾をいただくまでにはそれなりに時間がかかりましたが、「FINAL FANTASY」シリーズはちょうど35年周年を迎える節目の年で、その節目に関わらせていただける、ということになりました。ファンにとっても特別な存在である『FFX』に、最新の技術と歌舞伎の演技体というものを融合させて、お互いが輝く文化を作りあげていければと思っています。
運命の逆転劇が起こるシナリオが素晴らしい!
── 『FFX』が発売されたのは2001年。シリーズとしては10作目、また、当時は初のPlayStation®2対応ソフトだったことも注目されました。どんなところに魅力を感じますか。
これまでは、ゲームの主人公に感情移入することはあっても、その他のキャラクターにはありませんでした。ところが『FFX』は、それぞれのキャラクターの背景、感情、抱えているものまでが伝わってくる脚本が素晴らしく、主人公以外のキャラクターにも思わず感情移入した初めての作品でした。また、ティーダとユウナをめぐるストーリーの構成も、最初予想していたものとは逆になるところが魅力のひとつだと思っています。そういう「逆転劇」というのは、歌舞伎の筋書きには見当たらないので、この「運命が逆転する」という部分は、この作品を新作歌舞伎にするにあたって、とても重要だと思っています。
──作品に魅せられていることが伝わってきます(笑)。脚本の素晴らしさについて触れられましたが、実際のゲームのセリフなどもわざわざ「抜き書き」されたと伺いました。
そうなんです(笑)。ステイホーム中だったからこそできたことかもしれませんね。仲間と手分けをして、ずっとパソコンに向かって……ゲームから文字起こしをさせていただきました。この作業をしたおかげで、改めてこの作品が持つテーマ性や、キャラクターが持っている感情に深く触れることができたと思います。
── この作品を歌舞伎にすることになって、周囲の方の反応はいかがでしたか。
そうですね、まず(坂東)彦三郎さんはゲーム機自体を持っていなかったのですが、これを機に購入し、『FFX』をプレイし始めました(笑)。同じく、(中村)錦之助さんも始められたそうなんです!梅枝さん萬太郎さんは以前から「FF」シリーズが好きで、松也さんはプレーはしていなかったけれどこの作品は知っていて……と、皆さんそれぞれですね(笑)。そこに、中村歌六お兄さんとか、(坂東)彌十郎さんと、これまでさまざまな新作歌舞伎を作ってこられた先輩方がいて、さらに(中村)獅童さんもいらっしゃって、今はもう、歌舞伎の総力を結集して盛り上げていこうという感じになっています。まだ稽古までには時間はありますが、これからさらに団結して、皆さんと一緒に良い作品をつくりあげていきたいと思っています。
ゲームの世界に没入できる映像美を楽しんでもらいたい
──今回、公演が行われるのは、豊洲の「IHIステージアラウンド東京」です。360度回転する客席を取り囲むようにステージがあり、約8メートルの高さの巨大スクリーンがあるという円形劇場で歌舞伎を上演する……そんな機会はなかなかないと思うのですが、『FFX』の世界をどのように舞台化される予定でしょうか。
そうですよね。今まさに映像チームと、この「IHIステージアラウンド東京」の巨大なスクリーンをどのように使うか話し合っています。今考えているのは、ゲームの映像を映し出し、お客さまにも自分がゲームの中にいるような没入体験をしていただくこと。このゲームは「マカラーニャの森」など水中のシーンが非常に多いです。歌舞伎というと、どうしても「本水の立廻り」や「宙乗り」というものがスペクタクルとして注目されるのですが、今回は本物の水を使わない、新しい表現を探っていきたいと思っています。それをどう表現するかは、美術の堀尾(幸雄)先生と、共同演出の金谷(かほり)さん、制作チームと構想を練っていますので、ぜひご期待ください!
──今回は金谷かほりさんとの共同演出でもありますね。金谷さんはユニバーサルスタジオジャパンのショー演出などをはじめ、幅広く活躍されている演出家さんですが、どんなところに期待されていますか。
金谷さんは大掛かりなテーマパークのショーをはじめ、過去には『ドラゴンクエスト ライブスペクタクルツアー』なども手がけていらっしゃいますし、演劇経験も豊富です。ですから、「ぜひ金谷さんにお願いしたい!」ということになり、お声がけしました。金谷さんも今、歌舞伎のことを勉強してくださっていますし、私も今までにこんなに大きな舞台を演出したことはなかったのでそこは勉強しつつ、お互いの引き出しを持ち寄って、歌舞伎の魅力も、演劇の魅力も、さらに映像の魅力も活かせるようなバランスを探り、効果的な見せ方をしたいと思っています。
──それは今までとはまた一味違う、クリエティブな作業ですね。
そうですね。金谷さんは「私、下手くそなんですよ」なんて言いながら、分厚い台本の一場、一場をご自身で絵コンテに起こしてくださり、シーン毎に当てはめたものを持ってきてくださるので、私たちはそれを拝見しながら、「ああ、これなら歌舞伎ではこんな表現方法でできますね」ということを話し合って、紙から物体へ起こすという作業をしています。堀尾先生は舞台の模型を作ってくださったので、脚本と照らし合わせながら、どこの場面をどこのステージでやるか、スムーズに場面転換するにはどうしたら良いかを話し合っています。
──『極付印度伝 マハーバーラタ戦記』『風の谷のナウシカ』など、新作歌舞伎はビジュアルのインパクトも印象的でした。衣装について決まっていることなどはありますか。
ちょうど主要メンバーのメイクとカツラのフィッティングが終わったところなのですが、かなり良いものが出来上がっているので、楽しみにしていただければと思います。スクウェア・エニックスさんにも監修に入っていただき、かなり細かくご指導をいただいていますが、キャラクターの全体像は変えず、そこに和のテイストを少しずつ加え、歌舞伎ならではのオリジナルなキャラクターを創り上げています。
歌舞伎初心者でも入りやすい工夫を考えています
──「FINAL FANTASY」シリーズのファン層は幅広いので、今回は「あまり歌舞伎に慣れていない」というお客様がいらっしゃるかもしれません。そんな方に向けての工夫はありますか。
そうですね、歌舞伎は約束事があったり、古い言葉を使っていたりで、見方がわからないという方もいらっしゃいますよね。ただ今回は、名作ゲームを歌舞伎化するということもあり、なるべく平易な言葉、一度聞けばわかるような台詞を使っていきたいと思っています。
──『FFX』のどの部分を歌舞伎化するのかも、ファンには気になるところですが……。
どこをやるのかというと、最初から最後まで全部やります(笑)。とにかくお客様にはとても長い時間をお付き合いいただくことになりますので、休憩時間も含めて、楽しく過ごしていただける方法を制作チームと一緒に考えているところです。
──普段の歌舞伎とはまた違う、イベント的な雰囲気がありますね。
そうですね。歌舞伎をご存知なくても、『FFX』の物語にはきっと心動かされると思いますし、そこに歌舞伎の様式美であったり、歌舞伎ならではの身体性や表現を掛けあわせることで、きっと面白いものが出来上がると思っています。ですから、ぜひ歌舞伎を観て下さる方にも、これが初めてだよという方にも、観ていただきたいですね。
──「IHIステージアラウンド東京」という普段とは違う劇場では、演じる側のみなさんにも驚きがありそうです。
そうですね(笑)。この舞台に立ったことのある(尾上)松也さんによると、やっぱり動線やバックステージには、慣れるまで少し時間がかかるとか。実際に劇場に入ってみないとわからないことはたくさんありそうですよね。
大好きな作品を歌舞伎にする日が近づいていることに緊張します
──今まではやや演出目線からのお話をお伺いしてきましたが、最後に、大好きな作品の主人公、ティーダを演じる役者としてのお気持ちや、お客様へのメッセージをお願いします。
長年心に残っていた大好きな作品を歌舞伎作品として残せること、しかもその主人公、太陽のように明るいティーダを演じられることに興奮しています。先日はゲームでCV(キャラクターボイス)をされていた森田成一さんにお会いする機会があったのですが、その際に森田さんが「劇場で待ってるッス!」と(宣伝用のナレーションで)おっしゃって……「これは本物だ!」とドキドキしました(笑)。この作品には脚本の段階からずっと関わってきたわけですが、いよいよそれが現実に近づいてきていることに緊張します。私が最初にゲームをやったときに感じた感動がどんな風にお客さまに届くのか……期待と興奮、緊張……自分の中には今、この3つです(笑)。ただ、何にしても脚本が素晴らしいので、この脚本に寄り添っていけば、必ずお客様には『FFX』が持つメッセージが伝わるはずだと思っています。今までは諦めていたことを諦めずに進んでいけば、きっと新しい未来が開けるはず……キャラクターたちとともに、そんなメッセージや元気をお客さまに届けられる作品になればと思っています。
(取材・文 小川聖子)