Interview
舞台『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』は、言わずと知れた村上春樹の同名小説が原作。「僕」が高い壁に囲まれた街の正体を探る“世界の終り”と、「私」が地下の世界から脱出を試みる“ハードボイルド・ワンダーランド”という、二つの世界の物語が描かれています。
その二つの世界に登場する重要な役どころを演じるのは、今作が初の舞台出演となる森田望智さん。“ハードボイルド・ワンダーランド”の「司書」、そして“世界の終り”の「彼女」を演じる森田さんにお話を伺いました。
森田望智さん
舞台の一瞬一瞬は、観た人の頭の中にだけ残る。それこそが魅力!
―― 今回が初の舞台出演と伺ったのですが、舞台への意欲や憧れはいつ頃からあったのでしょうか。
学生の頃にお芝居を始めてから、やってみたいという気持ちはずっとありました。舞台への想いが大きくなったきっかけは、蓬莱竜太さん作・演出の舞台『死ンデ、イル』(2018年上演)を見た時です。主演の片山友希ちゃんが始まりから終わりまで役を生きていると感じましたし、今しかできないものを出すという瞬発的なところにうらやましさを感じました。
舞台作品は一公演一公演が生もので、観た人の頭の中にしかその瞬間の記憶が残りませんし、同じ作品を観ても人それぞれ違う形で記憶に残ると思います。そして多分、自分の成長ごとに、その記憶を思い出した時の感情が変わったり、思い出すポイントが違ったりしますよね。それこそ舞台の魅力で、自分も出たいと強く思いました。
―― それから時を経て、今回の舞台と出合ったんですね。出演のお話が来た時はどのように感じられましたか。また、現時点での役に対する思いを教えてください。
以前からストレートプレイをやってみたいと思っていたので本当に嬉しかったです。
今回私は二つの役を演じます。“世界の終り”の「彼女」は、感情がない役と聞いているのですが、私は不思議と冷たさは感じていなくて、柔らかくて温かいイメージが浮かびました。それでいて無機質な感じも同時に読み取れて。そんな人間って実在できるのかなという、まだ想像がつかない部分も大きいです。“ハードボイルド・ワンダーランド”の「司書」は、小説が書かれた時代を生きる女性です。凛としていながら、チャーミングなところもあるような。この二人にはどこか通ずるものがあるのかなとも思えるし、ないのかなとも思える。色んな受け取り方ができる作風であり役であるので、自分次第だと感じでいます。そういう二人の対比とバランスを大切にしたいと思っています。
表現の幅が広い舞台だからこそ、小説の世界を躍動的に描けるのかも
―― 原作小説を読んだ時に、強く感じたことは何ですか。
どちらの世界も正しいし正しくないような、どちらの世界も残酷で残酷じゃないような、一概にどちらがいいと白黒つけられない感じがしました。きっと人によって意見が分かれるだろうなと。今見えているこの世界のほかに別次元の世界があるかもしれないし、別次元じゃなくても、私の選択次第では全然別の世界になるかもしれない。そういう可能性をすごく感じました。だからこそ、今ここにいる自分にしか見えてない世界が、とても愛おしく、尊いものに思えました。同時に、「私は今ちゃんと頑張れているのか」、「ありがたく思えているのか」を問われているような気持ちにもなりました。
―― そういう風に感じられた世界を、舞台作品としてやることに関しては、どう思いましたか。
これをどうやって舞台化するんだろうと思いつつも、実は舞台にとてもよく合うのではないかと感じました。空想やアイデアが現実とかけ離れていても、舞台ではそれを自然に受け入れて観ることができますし、見せ方や演じ方によって多様な表現が成立するのも魅力だと思います。小説の持つ良さを、舞台ならではの躍動感で表せるのではないかと期待しています。
藤原さんとフィリップさんから多くのことを学びたい
―― 「藤原竜也さんとフィリップ・ドゥフクレさんの背中に力の限りついていきたい」というコメントを拝見しました。そのお二人は、森田さんにとってどのような存在ですか。
お二人とも、私の知らない世界を知っている方々というイメージなんです。藤原さんは、ずっと舞台に立ち続けていらっしゃり、映像だけでお芝居してきた人間とはまた別の景色をたくさん持っていらっしゃるのではと思っています。共演させていただくことで藤原さんからたくさんのことを感じ取り、しっかり学びたいなと思っています。
フィリップさんは、体で表現することを極めていらっしゃる方なので、とても尊敬の念を抱いています。私はバレエやフィギュアスケートを通してダンスを経験してきましたが、表現の自由さを感じる一方で、その難しさを強く実感して、自分にはできなかったものというイメージがあるんです。普段の映像の仕事ではフレームに収まる世界で生きていますが、舞台上で体を通して表現するとなると、その世界は一気に広がるように思います。ダンスにはそうした大きな魅力があると感じているので、その道を導いてくださるフィリップさんについていきたいです。
―― フィリップさんの演出や振付がとても楽しみですね。
お芝居も自分が思い描いた通りに動くことってすごく難しいのですが、ダンスはおそらくそれ以上に難しいと感じています。こういう気持ちだからこう動きたい、けど体が追いつかない…なんてことになりそうですが、それを飛び越えて、少しつつ体と心がひとつになれたらいいなというのが今の気持ちです。今までにないアプローチになると思うので、その挑戦を楽しみにしています。
二つの世界をリアルに感じてもらえるように、試行錯誤を重ねていきます
―― 稽古場に入る前の準備として、大事にしたいことはありますか。
舞台作品の稽古場に入るのが初めてなのでわからないことが多いのですが、役のイメージを膨らませるといった点は、いつもと変わらない部分だと思っています。ただ、お稽古では何度も挑戦できる時間が普段より多くあるので、あまり決め込みすぎずにいろいろな可能性を探っていけたら一番いいのではないかと感じています。
―― 稽古場で楽しみにしていることや、期待していることはありますか。
いろいろと話し合いながらお稽古していくことで、共演する役者さんご本人のことを知る時間は、普段の映像の仕事より多いのではないかと思います。相手の方との関わりやつながりは、役作りに大きく影響すると感じていますし、みんなで共有した時間はきっと舞台に表れると思うので、しっかりコミュニケーションを重ねていきたいです。
―― 今回の舞台は、俳優としてのご自身にとってどんな作品になりそうですか。
原作を読んだ時、答えがわからなくてもほとんどの場合は自分の中で昇華していけるものだと思っているんです。けれど今回はきっと最後までわからなくて、それが正解な気がする作品なのかもしれません。だからこそ、「ああでもない」「こうでもない」と試行錯誤を繰り返す時間そのものが答えなのかなって、そんな予感を抱いていますし、自分にとって大きな学びになるのではないかと思います。
―― 最後に、観劇されるお客様へのメッセージがありましたらお願いします。
描かれる二つの世界のどちらも、異世界として感じてもらいたい一方で、現実世界としても感じていただけたらと思っています。それが今の私の中での理想像です。観てくださるお客様にこの世界が本当にあるように感じていただけたら何より嬉しく思います。
(取材・文/井上菜々子)
(撮影/中村麻子)