少女だったことがある、全ての女性に捧ぐ──
小泉今日子、念願の小説『ピエタ』舞台化。2023年夏、ついに実現。

STORY ストーリー

18世紀、爛熟期を迎えた水の都ヴェネツィア。
『四季』の作曲家ヴィヴァルディは、孤児を養育するピエタ慈善院で〈合奏・合唱の娘たち〉を指導していた。

時は経ち、かつての教え子エミーリアのもとに、恩師の訃報が届く。
そして一枚の楽譜の謎に、ヴィヴァルディに縁のある女性たちが導かれていく――。

ピエタで育ちピエタで働くエミーリア、貴族の娘ヴェロニカ、高級娼婦のクラウディア……
清廉で高潔な魂を持った女性たちの、身分や立場を超えた交流と絆を描く。

運命に弄ばれながらも、ささやかな幸せを探し続ける女性たちの物語。

INTERVIEW インタビュー

「この先」を考えていた40代で出会い、心を動かされた作品です

出会ったときからこの物語が好きになり、「いつか自分の手で立体的に表現したい」と願ってきたという小泉今日子さん。念願かなって手がける『ピエタ』の舞台についての熱い思いを聞きました。

小泉今日子さん
小泉今日子さん
── 『ピエタ』の舞台化がついに実現しますね。まずは改めて作品との出会いや舞台化の経緯について教えてください。

『ピエタ』には読売新聞の読書委員だったときに出会いました。2011年頃だったでしょうか。初めて読んだときからこの物語が好きになり、「いつか立体的に表現できないかな」という思いを抱きました。その後、2015年に自分の会社を立ち上げた後は、少しずつ舞台化に向けて準備を進めていたのですが、脚本家さんの関係だったり、コロナの関係だったりと、なかなか実現に至らなくて。ただ、悲観的になったことはありません。不思議な感覚ですが、「今だよ」「今じゃないよ」は作品自体にも意思があるような気がしていて……。それがこうして2023年の夏にできるということは、「今がベストタイミングだよ」と言ってもらっているような気がしています。

── 『ピエタ』作品のどんなところに惹かれましたか。

この作品を読んだ当時、私は40代でした。その頃の自分は、それまで一生懸命生きてきたけれど、振り返れば小さな後悔があったり、心に刺さったままのトゲがあったり……。そんなものを抱えながら、これから訪れる中年期や初老期をどんなふうに生きればいいんだろう、なんて考えていた時期なんです。物語の中には「何か重要なことを楽譜の裏に書いたような気がする」という台詞が出てきますが、そんな言葉も引っかかって。読み進めると、最後に一編の詩に出会いました。「空は遥か 光は遥か 美しいむすめたちよ よりよく生きよ」という……。これを読んで私は、自分がブレそうになったときはいつも、少女の頃や若い頃に好きになった音楽だとか、芸術だとか、そういうものにずっと助けられてきたなと改めて気がついたんです。だから、本を読み終わったときには、「そう、そうなの!」と、すごく腑におちて。経験を積んだ大人なら、この作品を読んで同じように感じる方は少なくないんじゃないかなと思いました。

── 『ピエタ』では、女性同士の絆や支え合う関係が描かれています。ご自身も、そのような女性同士のつながりに共感されたのでしょうか。

う〜ん、「絆」や「仲間」ということでいうと、私自身は男女関係なく、色々な方に助けられてきたなという実感がありますので、とりわけ「女性の……」というところには当てはまらないかもしれません。ただ、フェミニズムの問題は、昔からずっと文化や芸術の中で叫ばれてきた重要なテーマでありながら、いまだ解決されきれていない、道半ばの問題です。それでも、先人たちがさまざまな問題提起をしてきてくれたから、女性たちは今、昔よりは生きやすくなってきている……少しずつの変化ではありますが。ですから、私たちがバトンを受けとり、さらに世界に問いかけを続けていくことは大切だと思っています。私が演じてきた作品にも、この問題を含んだ作品は何作もありましたので、こちらもその一つになると思っています。

素顔を見せ合う瞬間がよく描かれていると思います

小泉今日子さん
── 作品には、慈善院の娘や貴族、高級娼婦などさまざまな階級にいる女性たちが出てきます。特に印象的な人物はいますか。

全員とても魅力的だなと思っています。立場的に自分に近い気がするのは、歌手のジロー嬢や貴族のヴェロニカでしょうか。その場所に立ってみなければわからない「孤独」というのは、実際にあると思います。薬屋のジーナはジロー嬢をとても羨ましがりますが、「いやいや、実際に舞台に立ってみてよ」とは、ジロー嬢同様私も思いますし(笑)、ジロー嬢がジーナに「私はあなたのほうに憧れるのよ」と言う、その感覚もわかります。一方、貴族のヴェロニカは、生まれたときから定めが決まっていて、幼い頃から自分の役割や立場を意識せざるを得ない状況にいた……そのことがわかるのが、さっきもお話した「詩」なんですね。その詩はピエタの娘たちにも宛てているわけですが、なんかこう、人がその人らしさを発揮しきれない世の中……というのは昔も今もずっと続いている気がします。そういう意味で、ヴェロニカとジロー嬢には特に共感します。「この中の誰を演じたいか」と言えば、また別の話になるのですが(笑)。

── 作品の中では、人と人との出会いが新しい変化をもたらしますね。ご自身にもそのような出会いがありましたか。

あったと思います。私が自分の会社を立ち上げたのは2015年。舞台は「仲間」が集まらないと作れないものなので、その頃から「仲間」というものには意識的になった気がします。ただ、私の場合は、「これ、面白いよね」と、自分が思っているところに共感してくれた人が自然に集まって一緒にやって……という感じなので、「支え合う」という関係とは少し違う気がしますね。「仲間」とか「絆」って、そんな大層なものではないというか。あんまりそんな風に考えても息苦しいじゃないですか。

── 確かにそうですよね。それでも小泉さんはたくさんの人と良い関係を作って、お仕事をされている印象です。

それが私、全然人付き合いがマメなタイプじゃないんですよ。外食も年に数回という感じですし、できるだけ一人でいて、家でのんびりしていたいタイプ。だから、毎日どうしても外に出なきゃいけないというとき、1回泣きそうになるんです。「嫌だな、家にいたいな」「猫とだけ関わっていたいな」って。そんなこと言いつつ、出かけたら楽しいんですけどね(笑)。ただなんとなく思うのは、誰かと仲良くなるとか、信じ合うということに、あまり時間は必要ないかなという気がしています。だから、用事もないのに誰かに連絡したりすることはないですね。

── 人付き合いに悩む人は多いですが、もはやあまり悩まれることはないのでしょうか。

そうですね。「メールに返信がない」とか「遅い」とか、もう気にしませんね。そういうザワザワは若い頃で終わっていて(笑)。今は重要なことだけやりとりしたら後はいいかな。多分、「仕事」というものが真ん中にあるから、みんなも集まれるんだと思います。この期間はこの仕事、この目的のために集まる、という集団が次々と変わっていってる感じ。舞台を作る私のところに集まってもらうこともありますし、逆に私が俳優として、どこか別の集団の戦力になることもあります。それが繰り返されている感じですね。ただそこでも、お互いすごく仲良くなる必要はないかなと。あまり全員と連絡先を交換したり……ということはないかもしれないです。

── 今のお話を聞いて、作中でクラウディアがエミーリアに「あなたは、あなたがじかに触れ合った魂だけを信じていたらいいのではないかしら」と話すシーンを思い出しました。小泉さんもそんな風に、束の間魂が触れ合う瞬間を大切に、人との関係を築いているのかと思いました。

クラウディアがエミーリアに恋愛のことを言うシーンですね。そうですね……作品の中で言ったら私は、「仮面を外す瞬間」の方により人との関わりの本質があるような気がします。仕事をしていると、お互いに一瞬仮面を外す瞬間というものが訪れることがあるんです。そんなときに、「私、あなたの素顔を知りましたよ」「私も知りましたよ」「では、もう一度仮面をつけますね」……。と、そういう感じなのではないでしょうか。その、お互いが見えたとき、瞬間的に理解し合える、みたいな感覚はすごくよく書かれている気がしました。

ヴィバルディの音楽を体感できる舞台に

小泉今日子さん
── 作品タイトルの『ピエタ』は、聖母子像のひとつでもあります。この作品にどんな思いを託していますか。

この作品における「ピエタ」は、施設の名前ですが、私は実際にヴァチカンで「ピエタ」の聖母子像を見たことがあるんです。そのときは、特別な感情がなくても、自然に涙が出てきました。美しくて……。作品には、すごく不思議な力が働いているのだろうなと感じました。この舞台も、見た人がこの先を生きていくために、小さな勇気や暖かさを感じられるものにできたらと思っています。そのために、今はいろいろ試行錯誤しているところです。まずは音楽。小説の中でもヴィバルディの音楽がずっと流れていますが、実際は聞こえませんよね。でも舞台では生演奏で聞いていただくことができます。目も耳も刺激できるのが舞台ですから。

── 楽しみです。台本を拝読しましたが、冒頭のシーンも印象的でした。

そうですね。台本については、ペヤンヌさんと「今」を感じさせるものにしたいね、と話しながらお互い意見を出し合って決めています。冒頭のシーンはペヤンヌさんのアイディアで、「すごくいいね!」と話したことを覚えています。そこでは、「赤ちゃん」を巡る人々の動きが表現されますが、「赤ちゃん」はもしかしたら「社会」でもあるかもしれないし……。そんな見方もできるかもしれません。

── 小泉さんは、今回はプロデュースとともに、ご自身が舞台にも出演されます。

はい。キャスティング、ブランディング、脚本決めなどが終わってしまえば、出演はもう切り離せるというか。稽古が始まってしまえば、そちらに集中できます。私なんか、本番がはじまってしまえば、ロビーをウロウロしているだけで、ほとんど役に立たなくて。みんなの邪魔にもなるから、いっそ出たほうがいいかなと思って決めました(笑)。女性たちの話ではありますが、男性が見ても共感できる話だと思います。ぜひたくさんの方に見ていただき、色々なご意見をいただけたら嬉しいです。

(取材・文/小川聖子)

<スタッフ>
ヘアメイク・石田あゆみ /
スタイリスト・宇都宮いく子(メイドレーンレビュー)

CAST&STAFF キャスト&スタッフ

【キャスト】

小泉今日子 石田ひかり 峯村リエ /
広岡由里子 伊勢志摩 橋本朗子 高野ゆらこ / 向島ゆり子 会田桃子 江藤直子

【スタッフ】

【原作】大島真寿美「ピエタ」(ポプラ社)

【脚本・演出】ペヤンヌマキ

【音楽監督】向島ゆり子

【プロデューサー】小泉今日子

EVENT 公演情報

公演名
asatte produce『ピエタ』
会場
【東京】本多劇場(世田谷区下北沢)
上演期間
2023年7月27日(木)~8月6日(日)
料金
全席指定 一般 8,500円/U-22 4,000円