INTERVIEW
その人をその人たらしめるものは、名前か、国籍か、それとも内面か…。人間のアイデンティティの根源を深く見つめた平野啓一郎の名作『ある男』が初のオリジナルミュージカルに。謎に包まれたある男・Xを演じる小池徹平さん、その妻・谷口里枝を演じるソニンさん、多くの共演経験を経て固い信頼関係で結ばれたおふたりに、作品への想いや意気込みを聞きました。
(左から)ソニンさん、小池徹平さん
チームの熱い思いを聞き、ぜひ参加したいと思いました
―― 『ある男』は読売文学賞も受賞した平野啓一郎氏の長編小説ですが、ミュージカル化されるのは今回が初。最初にお話が来たときはどのように感じましたか。
小池 今回一緒に作品づくりをするホリプロさんのチームは、2015年に初演、17年に再演した『デスノート THE MUSICAL』(※以下『デスノート』)でもご一緒したチームです。初めて『デスノート』がミュージカルになると聞いたときは衝撃的でしたし、「面白いことを考えるなぁ!」と驚きましたが、今回は『ある男』をミュージカルにすると聞いて再びびっくりしました。映画にもなっている有名な作品ですし、『デスノート』での素晴らしい経験もあるので、またあんな風に意外な方法でお客様を驚かせるのかな、というふんわりした期待感はありつつも、それでもこの世界観をどんな風に作っていくのかはなかなか想像がつかなくて。そんな中、プロデューサーさんから作品に込める熱い思いを直接お伺いし、間違いなく作り込まれた良いものになるだろうと大きな期待を持ちました。健ちゃん(浦井健治さん)との共演も『デスノート』以来10年ぶりなので、とにかく楽しみ! 信頼できるチームと再び作品を作れることが嬉しいですね。
ソニン 私は『ある男』という作品タイトルは知っていましたが、その時点では内容まではよく知らなくて。お話をいただいてから原作と映画を見たのですが、これはもう、私が常日頃思っていることをそのままテーマにしている作品だと感じて一気にファンになりました。素晴らしいオリジナルミュージカルだった『デスノート THE MUSICAL』のチームの新作ですし、その時点で健ちゃんと徹平の出演も決まっていましたし、音楽を手掛けるジェイソン(ハウランド)も知っていて。さらに瀬戸山(美咲)さんが脚本・演出をされると聞いて私ももう、すぐに「やります!」って。それくらい、信頼しているチームなので、とても楽しみにしています。
―― オリジナルミュージカルは、脚本も音楽も一から作り上げる作業が本当に大変だと思いますが、現時点での感触や期待などはありますか。
小池 僕は昨年、まだ生まれたての、言ってみたら赤ん坊みたいな台本をもとにしたワークショップに参加しました。ここからまだまだ多くの変更があるのは大前提として、原作にリスペクトを持ちながら、その上で新しい世界を作り出していることが感じられる台本で…絶対に面白いものができると確信しました。物語は、健ちゃん(浦井健治さん)が演じる弁護士の城戸章良が、僕が演じるある男・X(エックス)の真の姿を追っていく、城戸目線で語られるストーリーなのですが、今回はイベントでも披露したように、ふたりで歌うシーンもあるんです。物語上でふたりが同時に存在することはないのですが、そこはミュージカルの舞台ならではの演出ですよね。作品が問いかけているのは、その人をその人たらしめるものは何なのか、見た目や国籍や名前や肩書きなどの飾りではない、もっと本質的なものについて。だからこそ、セリフ以上に歌に思いを乗せることで深く心に届く、迫るものがあるのだという気がしました。
ソニン 私はスケジュールの都合でそのワークショップには参加できなかったのですが、そのときの映像とともに、現時点での台本もいただいています。原作とも映画ともまた少し違った構成になっていて…まだきっと変更は色々あるだろうから詳しくはお話できませんが、とても良い、深いものができると思っています。
今までにない関係性、珍しいデュエットも!
―― おふたりはミュージカル『キンキーブーツ』や『ロッキー・ホラー・ショー』『1789 -バスティーユの恋人たち-』など、舞台でも映像でも多数の共演作がありますね。記者会見ではソニンさんも「ご縁があるんでしょうね」とおっしゃっていましたが、今作ではどんなところが見どころになりそうですか。
小池 そうですね。僕たちはこれまでも本当に共演が多いので、お客様の中には「この組み合わせだね〜!」とご存知の方も多くいらっしゃると思います。それでも『ある男』ではちょっと今までにない関係性だなと僕自身も思いますので、そこもまた見どころのひとつとして期待していただけたら嬉しいです。
ソニン それに今回はデュエットがあるよね。
小池 そうそう!今までは意外とほとんどないんだよね(笑)。
ソニン そこも見どころになると思います。
―― 兄妹や恋人など、さまざまな関係性で演じてこられたおふたりですが、今回は夫婦。小池さんはある男・X、ソニンさんはそのXが最後の日々を過ごしたときに妻となっていた谷口里枝という女性を演じますね。
ソニン 私が演じる里枝はある男・Xが最後に一緒に過ごした人で、おそらく一番彼らしい生き方をしている姿を知っている人。この作品のテーマである名前や国籍とは関係ないXの一番の本質を知っているのが里枝だから、城戸もお客さんも里枝を通してXを知る、ある意味、Xの姿を浮き彫りにすることが里枝の役割なんですね。同時に里枝は、「その時期の彼が幸せだった」ということが伝わる「象徴」でもなければと思っています。実はこれはさっき徹っちゃんと話していたとき、徹ちゃんが「里枝っていい役だよね。里枝のセリフや歌詞は(ある男・Xとしての)自分にすごく響く」ということを言ってくれて…。それがヒントになっています。徹ちゃんと会って話したことから今日はいろいろヒントがもらえたので、この先も練っていきたいですね。
小池 よかった。僕たちは夫婦役ですが、一緒のシーンが多いわけではないんだよね。物語は健ちゃんが演じる城戸目線で進んでいくから、僕が演じるXは、言ってみれば「残像」みたいな描かれ方。だからこそ、皆さんの想像を掻き立てるような存在感を出さないといけない。もちろん自分の中でのキャラクターは固めてはいくのですが、自然に動くことで皆さんが想像するものともいいバランスが出せていければなと思っています。彼が名前を変えてまで手に入れたかったもの、手放したかったものは何なのか、それが本人の口から直接語られることはないのですが、彼が歩いた軌跡が示唆するものはきちんと表現していきたいです。その答えは見た方がそれぞれ考えてくださったらいいなと思っていますが。
―― お互いのあり方が合わせ鏡のようなものなのですね。それぞれの役らしさや魅力をどのように表現していこうと思われていますか。
ソニン そうですね…。里枝は「受け入れる」という体制が整っている人だと思います。素性のわからないXを受け入れたのもそうですが、その後、実はXが名乗っていたのが別の人の名前だと聞いても、取り乱したり、大きく嘆いたりはしません。もちろん彼女の中にも動揺や驚きはあるのでしょうが、Xに対しては、そんなことでは動じない、もっと大きな確信があるのではないかという気がします。結婚して出産して、息子のひとりを亡くして離婚して…という大変な人生の中で、それでも信じられる愛情やつながりをXに感じたからこそ、彼女は動じずにいられる、そこが彼女の魅力かもしれません。ただ、そんなキャラクターの特性を表現するには、やや繊細に取り組むことが求められそうだなと。感情が激しい役のほうが、表現しやすい場合もありますが、今回はそちらではないんですね。
小池 Xについては、何をどのくらい話せばいいものかという迷いはあるのですが、辛い家庭環境で、たくさん苦しい目にあってきて、それを支えてくれる人にもなかなか得られなくてという人生を送ってきた彼が、元の名前や戸籍を手放してからようやく愛や幸せを見つけていく。ただそれは、偽物の名前や偽物の経歴の上に成り立っているものではあるから、もしかしたら本物とは言えないかもしれない。ただ、彼自身はどう思っていたのか。僕はたとえ偽物と言われようと、そこで懸命に生きる道を選び、明るい未来を見ていたんじゃないかという気がしているんです。ただやっぱり、役作りをする上ではとても苦しくなりますね。彼は過去にボクシングをやっていたのですが、それも自分を痛めつけるため。そうしないと耐えられない自分がいたわけで、そこまで追い込まれていた状況を考えると、胸が痛くなります。
ソニン そうね。
小池 だから、里枝が舞台で話したり歌ったりしているときは、Xはどこか天国からその思いに耳を澄ませているような気がしてきます。一緒にいるときは、あまり具体的なことや思い自体を伝え合っていたわけではなく、本当に普通の、平凡な毎日を過ごしている中で幸せを感じているふたりだったと思うんですよね。勝手な想像ではありますが。それが亡くなった後に実はこんな思いで…みたいなことを言われると、グッときちゃう。弱いんです、家族もの(笑)。
作品で演じた人生に影響されてしまうことはある
―― 今作のテーマは、自身のアイデンティティについてですが、おふたりは他の人になったり、別の人生を生きたいと思ったことはありますか。
小池 ええ〜、どうだろう。
ソニン 私はないですね。「あの人羨ましいな」と思うことはあるけど、その人になったらその人はその人で大変だろうなと思うから。どの人生も大変なんじゃないかと思っちゃう。
小池 そうね。ただ僕は演じた役によって反動を感じることはあるかも。しばらく重い雰囲気の作品をやったから、その後はもうカラッとして、髪色も明るくしちゃおう、みたいなことはありますね。僕たち俳優は、舞台上や作品では別の人生を送りますから、大変な役であればあるほどその影響というのはあると思います。ソニンなんか特になりそうじゃん(笑)。
ソニン 確かに。
―― 役の上なら、ご自身ではできないことができる、ということもありそうですよね。
小池 舞台上は(現実的に)やっちゃいけないことだらけですね(笑)。
ソニン そうそう、激しい役ほど面白いという部分はあるかも。犯罪にしても、お芝居なら正当化されるというのもありますし、ものすごく人を罵倒したり、憎んだり。しんどいはしんどいのですが、めちゃくちゃアドレナリンが出る気はします(笑)。ただ役に入りすぎて、私生活にまで影響が出てきて辛いことも…徹平はある?エルとか?
小池 あ〜、まあ当時はそうだったけど(笑)。でもそれ以上に、それこそソニンと一緒にドラマ『風間公親-教場0-』という作品に出たじゃない? この作品で僕、ソニンに毒を盛られるんですよ。毒というか放射性物質を少しずつ盛られて、知らない間に被曝して、どんどん体がおかしくなってきちゃって…みたいな。最初は1週間くらいで撮り終えるというお話だったのですが、色々なスケジュールの変更があって、最後に一番弱って逮捕される…という大切なシーンの撮影が1カ月以上空いちゃって。その間も作品を忘れちゃいけない、元気になっちゃいけない、体調が悪くなっている状態をキープし続けなければ作品のテンションを忘れてしまいそう…と感じていたので、そのときは本当に辛かったですね。もう少し上手く切り替えられる方法もあるかもしれないんですけど、とにかくじわじわとしんどい期間でした。
ソニン そっか、そうだったんだ。だからあれ、すごい演技だったよ! 私がしんどかった役は…。
小池 大体全部しんどいじゃん(笑)。
ソニン 大体ね(笑)。その中でも『マリー・アントワネット』で演じたマルグリットは、誰からも愛されず、ひたすら人を憎んでいるという役で、あれはとても辛かったですね。ロングランで長い間その状態を繰り返してるから、舞台を降りて電車に乗っているときも、犯罪者みたいな目をしちゃってるの。自分でも、「あ、今これモードに入っちゃってた」ってわかる瞬間があって、絶対に周りの人から見ても怪しかったと思うんだけど。舞台を続けるうちに精神がどんどん蝕まれてしまうから、公演するたびに塩で体を洗ったり、お風呂でアーユルヴェーダ由来のシロダーラというリラックス法みたいなものを試してみたりして、自分を失わないようにしていました。普通はね、少しくらいネガティブな感情を抱いてしまっても、人から愛されているという実感を持つことで色々と補っていけるものだと思うけど、それが全くない、愛の言葉を全くもらえない状態が続くと、人って病んでいくんだなと実感しました。ものすごくげっそりしたので、よく覚えています。
小池 大変だったね…。『ある男』も人間の在り方の根源に迫るような作品、見終わったときはきっと何か心に残るものがあると思いますので、ぜひたくさんの方に見ていただきたいです。僕たちキャストも、高い熱量のチームとともに全力で良いものを作り上げていきます!
ソニン 作品を彩る音楽も、ジェイソンらしい素敵な歌が多いので、楽曲に魅了される方も多いはず。劇場でお待ちしています。
(取材・文/小川聖子)
(撮影/中村麻子)