こまつ座 第151回公演
芭蕉通夜舟
イントロダクション
2024年井上ひさし生誕90年 第三弾
時間の隙間に身を遊ばせたひとりの男。
自然を引き連れて見えてきたのはこの国のかたち。
江戸の俳諧から抜け出し、旅に出て、
そして伝説になった松尾芭蕉。
全三十六景、歌仙仕立てに作られた内野聖陽のほぼ一人芝居。
インタビュー
このたび、こまつ座で12年ぶりに上演される『芭蕉通夜舟』は、作家・井上ひさしが“俳諧師”・松尾芭蕉のおよそ40年にわたる人生を、ひとり語りを中心に芭蕉一門主流の歌仙三十六句にちなんで全三十六景で綴った評伝劇。
この作品を“ほぼひとり芝居”で見せる内野聖陽さんに、作品への取り組みを聞きました。
人間味のある芭蕉の姿を品を失わずに演じられたら
「松尾芭蕉」といえば、歴史の教科書にも出てくる偉人。僕自身、芭蕉さんというのは、「わび、さび」を解し、「風雅の極み」を目指した人なので、とても厳しい人という印象を持っていました。例えるなら「いぶし銀」のような、格調高いイメージを抱いていましたが、この作品で描かれる芭蕉さんは、お便所に行くシーンが出てきたり、男女の睦みごとにも興味がないわけではない、とても身近で生き生きとした人物です。『奥のほそみち』などを読んでも、美しい風景を女性になぞらえて詠んでいたりと、いたって人間らしい人であったようです。
歴史上の人物ともなると、私たちはちょっと神格化して語り継いでしまう部分があるのかもしれませんが、井上ひさし先生のこの作品には「そうそう、確かにそんなこともあったかもしれないよね」という松尾芭蕉という人間の生々しさやお茶目な魅力が描かれていてとても面白いと思いました。
「もしかしたら芭蕉さんは、私たちが思っている以上に人間らしい方だったかったかもしれない」、そんな思いが戯曲の中から沢山感じられたので、ぜひその人間らしい魅力を「三十六景」というシーンの中で、下品にならないように表現できたらと思っています。
最初に読んだときは、「これは芸術論なのかな」という印象でした。松尾芭蕉という人は、自分が求める俳諧の世界を突き詰めた人ですが、「自分は芸術の高みを目指したいけれど、庶民が求めているのは必ずしもそれと同じではない」という、自分と世間のギャップに苦しんでいたところもあったようです。僕自身も俳優という仕事をしていると、たくさんの人にウケるものと、芸術性の高いものとの間には、少なからずへだたりがあると感じることもあります。この辺りは何かを表現しようとする人がぶつかる共通の壁なのかな、ということは自分も表現者の端くれとして、重なるところがある気がしました。
芸術家としての芭蕉さんの存在には身が引き締まる思いですが、今回はさらにその人生を「三十六景」のなかに込めて演じます。そうなると、戯曲の文字だけを追って、頭の中だけで作業をしていても、イメージが湧いてこないこともあって。で、これは、実際に芭蕉さんが見た景色を見に行くしかない!と思い、芭蕉さんが行った場所や風景をいくつか訪ねてみました。
いえいえ、これはもう、本当に「プチ・奥の細道」で。高速道路を使って車で行きましたから、芭蕉さんには怒られてしまいそうですが(笑)…それでも、白河の関からはじめて松島は船に乗り、芭蕉さんが見たままの風景を眺めたりして。その後は北上して平泉へ。「夏草や 兵(つわもの)どもが・・・」の句で有名な丘に登り藤原三代の栄華に思いを馳せ、さらに「・・・岩にしみ入る 蝉の声」の立石寺に。ここはまさに深山幽谷という感じで、「あ~ここなら確かに蝉の声は岩に染み入っちゃうなぁ~」と感じましたね。その後は尿前の関から山刀伐峠を自分の脚で登り、実際に五月雨で増水した最上川を舟で下って「あつめてはやし…」を実感し、日本海側に出て象潟へ。300年以上前に芭蕉さんが見た風景とはいろいろ変わってしまっているところもあるでしょうが、それでもやっぱり感じるところは多々ありました。
最後は出雲崎で「佐渡によこたう天の川」で宇宙を感じて句を詠んだ芭蕉さんを想像し……そのあたりでギブアップして帰ってきましたが(笑)、それでも芭蕉さんの魂と少しだけ触れ合えた感じがしています。この後もまだまだ芭蕉さんの魂を感じるためにやるべきことはたくさんありますねえ。
ありがとうございます。この作品の中では、芭蕉さん以外に作家的視点の男が時々顏を出します。それは、内野聖陽の体を借りて内野聖陽を演じる男なのか、井上ひさしさんなのかという感じで面白いんですけれど、芭蕉さんに対してちょっと冷めた視点というか、ツッコミみたいな視点を感じる箇所もあるんです。「ひとりわびしく暮らすというけれど、あなた、そんな自分にちょっと酔っていませんか」、あるいは「ひとり旅をすると言いながら、弟子は連れていくし、出かけた先では大きなもてなしを受けていますよね」みたいな、言ってみたらちょっと意地悪な視線です。
でも、そんな視点が入ることによって、松尾芭蕉という人がどこか可愛らしく見えてきたり、遠い歴史上の偉人ではなく、血の通った人間にも見えてくるんです。ですから僕も時間の許す限り芭蕉さんを多面的にとらえ、自分なりの感性で、ふくよかに肉付けしてゆけたらいいなと思っています。
まだまだひとり芝居を楽しむ境地には至っていません
前回も今回も完全なひとり芝居というわけではないのですが、数年前に有森(也実)さんと挑戦した『化粧二題』は、自分の中で「面白かったぞ」という手応えがあったので、また独り芸みたいなものに挑戦できたら、という思いはありました。その『化粧二題』の演出だった鵜山さんから今回、『芭蕉通夜舟』という“ほぼ”ひとり芝居があるからやってみないかとお声がけをいただきまして。
自分としては、「私にこれができるだろうか」という不安な思いと、もっと自分の役者としての腕を磨いていきたいという気持ちの両方がありまして、挑戦させていただくこといたしました。
ただ、この作品はもともと昭和の名優・小沢昭一さんにあてがきされたもの。僕もそこまで小沢さんのことを存じ上げているわけではないのですが、過去のラジオの音声などを聞いても、「なんと魅力的な話し方をするんだろう」と感じ入りますから、「内野にできるのかな」という大きな不安と恐怖は感じます。それでも過去に自分がお芝居で培ってきたもの、それに加えてここから知らない世界に飛び込んで得られるものとで、なんとかこの大きな山を登頂して、良い作品にできたらと思っています。
面白さは感じますが、まだそれを楽しめるような境地にいないですね(笑)。普段のお芝居では、自分がその戯曲を自分の感性でどう表現していくのか、というところに加えて、相手の役者さんとの「セッション」があります。相手の役者さんと感じ合って進んでいく……みたいな。それが、ひとり芝居だとまったくないんですね、当然ですけど(笑)。ですから、「今回はオレは誰とセッションすればいいんだ」って、途方にくれている部分があります。今回セッションするのは、芭蕉が見た大自然なのか、古の文学者たちなのか、あるいはお客さんの心なのか……。ちょっと前回のひとり芝居とはまた種類が大きく違う気がしているので、そこには恐怖も感じます。
この恐怖を克服するには、やっぱり稽古しかないと思っています。稽古の中で、いろいろな試行錯誤や失敗を重ね、「これなら生きている」と思えるものをみつけていくしかないなと。ですから、どれだけ密度の高い稽古ができるか、その時間を得られるかが大切になっていきそうです。
特に今回、お客様を飽きさせないためにも必要な「話術」の部分は、もともと僕は専門ではありません。なので、最近、落語や講談を聞いてみたり、上手い人の話しっぷりはどうなんだ、というところで少しずつ研究を始めています。
想像できない舞台を作り上げることこそ面白い
「こうなりそう」なんて、そんなことを思ったら絶対ダメ、ダメです!鵜山さんという方は……僕はあの方は「外科医」みたいな方だと思っているんです。目の前の患者の病気を、メスでパパッと切り裂いていっちゃうみたいなイメージ。前回もそうだったのですが、僕が膨らませたり、掘り出していったものを、メスでパッと切って、「こういうやり方もあるからね~」みたいなことをいとも簡単に示してくださる、しかも、的確で深い切りこみ。そんな方なんです。
だから僕は「こうなりそう」なんて予測を立てることより、まずは自分自身がエネルギーを貯めて、電圧をうんと高めて鵜山さんの前に立つこと️。そうすれば鵜山さんがそのエネルギーをパッと素晴らしいものに変換してくれるでしょう。それがわかっていますから、僕はとにかく電圧や熱量を高めて鵜山さんの前に立つだけです。それにそもそも、想像できるような舞台、想像できるような未来はあまり面白くないじゃないですか。なので僕は、なるべく想像はしないようにしています。
これがまた難しいんです。「三十六景」のワンシーン、ワンシーンはそれぞれ決して長くないのですが、それぞれが芭蕉の生涯に大切な要素をいろいろと担っているので、僕にとっては36ラウンドの試合があるような気持ちです。やることは、1ラウンド、1ラウンドをいろんな角度から攻めて、掘り下げて豊かに耕していくこと。その流れがうまくできてゆけば、36景並んだときにきっと面白いものになるんだろうな、という期待は膨らみます。それは「見えない未来」であり、自分自身でもとても楽しみです。
お客様には、僕の心と体を使って表現したもの以上に、お客様それぞれの心の中にいろいろな芭蕉さんが羽ばたくような、そんな芭蕉さんを演じられたらと思っています。
(取材・文/小川聖子)
(撮影/中村麻子)
キャスト&スタッフ
【作】
井上ひさし
【演出】
鵜山 仁
【出演】
内野聖陽
小石川桃子 松浦慎太郎 村上 佳 櫻井優凜
公演情報
- 公演名
- こまつ座 第151回公演『芭蕉通夜舟』
- 上演期間
- 2024年10月14日(月祝)~10月26日(土)
- 会場
- 紀伊國屋サザンシアターTAKASHIMAYA
- 料金
- 全席指定 一般:8,500円/U-30:6,000円