INTRODUCTIONイントロダクション

東京芸術劇場×ルーマニア・ラドゥ・スタンカ国立劇場 国際共同製作
運命に抗い自由を求める男を演じる
佐々木蔵之介ひとり芝居

旧約聖書に刻まれたクジラに飲み込まれた「ヨナ」の逸話を元に誕生した、苦境を生きる人々への賛歌。演劇の原点に出会う、まったく新しい舞台が誕生する。

ルーマニアを代表する演出家シルヴィウ・プルカレーテと、佐々木蔵之介のタッグは『リチャード三世』(2017)、『守銭奴』(2022)に続く三度目。

本作は、5月末のワールドプレミアを皮切りに、東欧5都市ツアーの後、6月末のシビウ国際演劇祭で上演。満を持しての凱旋公演にご期待ください。

INTERVIEWインタビュー

本作はルーマニアの国民的詩人マリン・ソレスク(1936-1996)の代表作で、旧約聖書の聖人・ヨナの逸話を題材とした作品。ルーマニアでは広く知られた物語を、佐々木蔵之介主演、ルーマニアを代表する演出家、シルヴィウ・プルカレーテの演出で上演します。2人のタッグは、『リチャード三世』(2017)、『守銭奴』(2022)に続く3作目。主演の佐々木さんに話を聞きました。
佐々木蔵之介さん
佐々木蔵之介さん

漁師が魚に飲み込まれ、そこから出ようとする話です

―― 過去2作は日本での上演でしたが、今作『ヨナ -Jonah-』は2025年5月末のルーマニアでのワールドプレミアを皮切りに、東欧6都市を巡るツアーを行い、6月末にはシビウ国際演劇祭でスタンディングオベーションの喝采を浴びました。改めて、シルヴィウ・プルカレーテ氏との出会いからお伺いできますか。

そもそもプルカレーテさんと日本の関係は、現在、東京芸術劇場の芸術監督である野田秀樹さんが欧州に視察に行った際、プルカレーテさんが演出した『ファウスト』や『メタモルフォーゼ』の舞台に衝撃を受け、声をかけたことから始まったと伺いました。私自身は『リチャード三世』への出演が決まってからシビウ国際演劇祭に足を運び、打ち合わせをしたことが最初の出会いです。そのときに、「リチャード三世は残忍で狡猾だと言われているが、それは彼がそのように演じていたからだ」「彼は本当はスマートな男前なんだ」という話をされたことを覚えています。それで彼の演出した『ファウスト』を見たら、血みどろの舞台に火は使うわフライングは使うわ…さらに『メタモルフォーゼ』は舞台がほぼ水を張ったプール状態で…「これはえらい人と組んでしまった、腹を括らなければ!」と、少し怖くなったことを覚えています(笑)。彼の演出は奇想天外なものもあるのですが、なんとか食らいついて出来上がるものは魔法のように素敵なもの。僕たちが想像のつかないところへと導いてくれるのがプルカレーテさんのチームなので、今回もそんな時間をお客さまと共有できればと思っています。

―― 今作のひとり芝居『ヨナ-Jonah-』は、旧約聖書にあるクジラに飲み込まれた預言者ヨナの逸話を元に誕生した戯曲です。どのように解釈されていますか。

「旧約聖書」や「預言者」と聞くと難しく聞こえますが、僕は「漁師が魚に飲み込まれて、そこから出ようとする話」として読みました。プルカレーテさんにそう話したところ、「それでいい、それで十分だよ」と。ヨナの物語はルーマニアでは教科書にも載っているくらい多くの人に親しみのあるお話。そもそも男が魚に飲み込まれて出よう奮闘するお話なんて、面白そうじゃないですか(笑)。だから僕はもう、子どもたちも楽しく見られるようなものになればいいのかなと、解釈しました。

―― なるほど、確かにそうですね。

とはいえ、最初は戸惑いました。もともとはルーマニア語で書かれた戯曲、さらに詩も組み込まれていますから…。台本も、1冊はルーマニア語から英語に訳し、そこから日本語訳したもの、もう1冊は、ルーマニア語からダイレクトに日本語に訳してくれたもの、その2冊を読み比べて考えてみたりもしました。完璧にロジカルなお話というわけはないので難しさはありましたが、直感的にこのチームなら大丈夫という気はしていました。特に、詩人でもあるドリアン助川さんの翻訳・修辞を読んでからは、単にひとりの人間が孤独に格闘している話ではなく、もっと広がりのある、想像の余地がある話だ、というふうに理解でき、光が見えてきました。

第四場のヨナはプルカレーテさんの祖父なのだそうです

佐々木蔵之介さん
―― 『リチャード三世』や『守銭奴』と違い、今作は「ひとり芝居」ですね。

今作は準備をしていた頃がコロナ時期だったこともあり、大人数のカンパニーは難しいという判断から、人数を減らしていった結果「ひとり」になりました(笑)。そうなればもう、向こう(ルーマニア)からスタッフを呼ぶのではなく、「佐々木が行ってやって来ればいい」みたいな話になりまして…東京芸術劇場とルーマニア・ラドゥ・スタンカ国立劇場の共同製作ということになりました。ひとり芝居の決心ができたのは、過去に『マクベス』(2015)での経験があったから。とはいえ当時より体力も知力も落ちていることは少し心配でした。

―― 大人数の舞台とはアプローチが全く違いますよね。結果、シビウではスタンディングオベーションで喝采を浴びたと聞きました。

あれは本当に嬉しかったですね。僕たちの国で言えば、外国人の役者が宮沢賢治作品をひとりで一生懸命稽古して演技して…というようなことかと思いますから、好意的に受けとめてくれたこともあると思います。お話の筋は先ほども話した通り、漁師のヨナが飲み込まれた魚の中で、三日三晩必死にもがき、生きようとするお話です。ただ、子どもたちも楽しく見られるようなものにするためには、ヨナをもう少し面白かったり、チャーミングなキャラクターにしたいと思いました。ルーマニア(での稽古)に行く前に自分の中でそう考え…もちろん「それはヨナじゃない」と言われる可能性もありましたが、それを持ってプルカレーテさんの元へいきました。幸い受け入れて頂き、日本的なアプローチとして解釈してくださったようでした。

―― プルカレーテさんとは3度目のタッグとなりますが、どんな印象をお持ちですか。

プルカレーテさんは演出において、よく「オペレーション(手術)」という言葉を使います。あまりにも頻繁に使うので、ヨーロッパではよく使われる演出用語なのかと思ったくらい(笑)。実際彼は戯曲に手術のような作業をしていくんです。シーンをバラバラに分割して入れ替えたり、最後のシーンを切って頭につけたり…。そこは大胆なのですが、僕たち役者の演技にはあまり細かく仰ることはなく、信じてくれていると感じます。一度だけ、「蔵之介のヨナは若いな…」みたいなことを冗談ぽく言われたことはありましたが(笑)。答えがすぐに出ない場合は状況を作って待ってくれる、あるいは別の提案をしてくれる…そんな臨機応変なところもある方です。

―― 今作の演出で印象的だったことはありますか。

今作で1番時間をかけたのは第一場で、「ここが肝なんだよ」と言っていました。第一場のヨナは座禅を組んでいるのですが、生と死の境目にいるような状態。トランス状態で、見えないものが見えたり、聞こえない声が聞こえたりしている状態だというんです。そこで走馬灯のように今までのことが思い出される…妻のことや子供のこと、母親のこと、自分が子供だった頃に大切にしていたもの…それらがワッと浮かんで来る。最後の第四場では、ヨナはもう自分の大切なものも、自分の名前さえも思い出せなくなっています。プルカレーテさんは、これは自分のおじいちゃんだと。ひとりで田舎で暮らし、誰にも会わなくても髭を剃り、料理をし、死ぬ3日前に健康のために禁煙した、自分のおじいちゃんでもあるのだと教えてくれました。このシーンは、見ている方もきっと自分の大切な人やものを思い出す時間になるのではないかと思っています。

言語が違うからこそ強く、演劇の原点を感じられました

佐々木蔵之介さん
―― 満を持しての凱旋公演となります。ルーマニアをはじめとした東欧の印象や、日本との違いについて、今感じていることはありますか。

8年前にシビウ国際演劇祭に行ったときは、まさか自分がこのフェスティバルに出ることになるとは思ってもみませんでした。10日間に及ぶフェスティバルには、82カ国から5,000人を超えるアーティストが参加しているそうです。今回も、僕が泊まっていたホテル近くのメインストリートでは、大道芸人やピエロがひっきりなしにやってくるし、インドアのパフォーマンスにはサーカスも演劇もダンスもあって…ボランティアシステムも含めて素晴らしかったです。シビウはとても小さな街なので、街にいると「ああ、ヨナだね、よかったよ」と声をかけられたりするんです。「佐々木蔵之介」ではなく、ひたすら「ヨナ」として見られていたのは面白い体験でした。

―― 海外ならではの体験ですね。日本とルーマニアの演劇や舞台づくりに違いは感じましたか。

なんでしょうね。まず向こうではタクシーのドアを開閉するとき、普通にバン!と閉めると、「トヨタやホンダじゃないんだから、そんなに強く閉めないで」と言われるんですよ。ホテルのクローゼットもあまり頑丈な建て付けではないし、舞台セットも精巧とは言えない感じで、役者が「これ危ないから補強して」とお願いしないと、椅子もガタガタだったりします(笑)。誰が何を担当するかも明確でなく、それぞれが思いつきで用意した小道具などがあり、いい意味での手作り感があって、不具合も含めて面白いと感じます。逆を言えば、日本はちょっときっちりしすぎなのかもしれませんね。ですから、これから迎える日本公演では、ぜひこのルーマニア演劇の手ざわり、肌ざわりみたいなものを楽しんでいただけたらと思っています。

―― 楽しみです。作品紹介には「演劇の根源に触れる」という文言もありましたが、今作でその手応えは感じましたか。

そうですね。映像ではなく、目の前で演じているからこそ感じられる瞬間が何度もありました。僕は東欧の方たちとは違う言葉(日本語)で演じましたので、字幕は出ているものの、必ずしも完全に理解されてはいなかったと思います。でも、一言一言のセリフをそれでも「聞き逃すまい」と耳をそば立て、暗闇の空間の中にも何かを見出そうと集中してくださる観客の姿勢を感じるにつけ、「ああ、今僕たちは同じ空間で、一緒に呼吸をしながら、お互いの集中力でこのお芝居を作っているのだ」と実感しました。言葉が通じないからこそ、一層強く感じたこの感覚が、演劇の本質のようなものではないかと思いました。直接セリフが伝わる日本のお客さまにどのように届くのか楽しみです。ぜひ舞台に足を運んでいただけたらと思います。

佐々木蔵之介さん

(取材・文/小川聖子)
(撮影/山本春花)

CAST&STAFFキャスト&スタッフ

【出演】

佐々木蔵之介

【原作】
マリン・ソレスク

【演出】
シルヴィウ・プルカレーテ

INFORMATION公演情報

公演名
佐々木蔵之介ひとり芝居『ヨナ-Jonah』
会場
【東京】東京芸術劇場 シアターウエスト
上演日
2025年10月1日(水)プレビュー公演/
2025年10月2日(木)~10月13日(月祝)
料金
全席指定:9,500円→《ご優待価格》9,000円
公演名
佐々木蔵之介ひとり芝居『ヨナ-Jonah』
会場
【大阪】COOL JAPAN PARK OSAKA TTホール
上演日
2025年11月22日(土)~11月24日(月祝)
料金
全席指定:11,500円