INTERVIEW
ハロルド・ピンター作、小川絵梨子演出の『管理人/THE CARETAKER』が、11月18日(金)より紀伊國屋ホールにて開幕。“不条理劇の最高峰”と称される本作は、不条理を感じさせながらも、やがて多様な解釈を受け入れることができる奥行きを観る者に気付かせる。
この作品で老人デーヴィスを演じるイッセー尾形さん、兄アストン役の入野自由さん、弟ミック役の木村達成さんに話を聞いた。
(左から)木村達成さん、イッセー尾形さん、入野自由さん
── 意気込みを含め、ごあいさつをお願いします。
イッセー尾形(以下、イッセー) 二十歳の頃、ハロルド・ピンターの『料理昇降機』を演じたことがありまして、わかったようなわからないようなまま終わってモヤモヤとしたものがあり…。私にとって50年ぶりのピンター作品になります。正面切って、納得いくように演じたいと思いますので、よろしくお願いします。
入野自由(以下、入野) ピンターの不条理劇、しかも三人芝居ということで、難しい戯曲と膨大なセリフ量にプレッシャーを感じています。ですが、素敵なキャストやスタッフとともに挑めるというワクワク感も同じくらい大きくて、すごく不思議な感覚です。
木村達成(以下、木村) 今はまだよくわらかないことだらけです。「ピンタレスク」というハロルド・ピンターならではの不条理劇であり、ノーベル文学賞を受賞するほどすごい作者の作品をやれることの光栄さはとても感じています。それでいて理解し難い部分も多いと思うのですが、わからないなりに全力で楽しめたらいいなと思っています。
── 台本を読んで感じたことを教えてください。
イッセー セリフがいっぱいあるなぁと(笑)。デーヴィスはとにかく話が長い。同じようなことをずっと喋っているのに、相手役のアストンはなぜ止めないのかと。読んでいるうちに、相手が止めないから喋り続けるのだと解釈しました。デーヴィスはここ(ものがたりが展開される部屋)の居心地がよくて、ねぐらに決めたんだろうと思いますが、若者二人が自分の思ったような相手ではなく、どちらにいい顔をすればよいのかわからない。これまで他人にいい顔をして生きてきたんでしょうね、デーヴィスは。でもそれが通用しない。浮き草のような老人にとって、管理人という仕事は社会人になれる第一歩かもしれない。だから誘われて、考えてみるよなんて言いながら本当はすごく嬉しいんだと思う。この作品は、行き場所のない三人の話のような気もします。共演の二人と葛藤して、ピンターと格闘して、小川絵梨子さんの演出があって…、どういう風に変化していくか、稽古の日々こそが一番重要なピンターとのつき合い方だと思っています。
入野 僕が演じるアストンは老人と二人のシーンが多く、ある種の緊張感がずっとあって、そこが本を読んでいて惹きつけられる部分でした。その緊張感がいろんなうねりを経て、変化していき、アストンと老人とミックの関係性がコロコロ変わっていくのがおもしろかったですね。実際に声に出してみたらどうなるのか楽しみに感じました。なぜこの作品が長年に渡り上演されているのか、そして今回なぜこの戯曲をやることになったのかを、小川さんやキャスト、スタッフの皆さんと一緒に読み解いていく中で、「これだ!」ってわかるものは一体何なのか…。どんなところに辿り着くのか楽しみです。
木村 作品全体を把握するのはなかなか難しいですが、各々が各々の解釈を持ってきて稽古場でぶつかると思います。それによってもっとわからなくなる瞬間もあるかもしれないし、それでいて三人で描くこの作品が向かう終着点が見えてくるのかなと思いながら稽古に励みたいです。ミックがデーヴィスに対して何度も名前を聞くくだりがあるのですが、彼を怪しんでいるのか、それならなぜ管理人に指名したのか…理解し難い部分もあります。でも人間ってそういうものですよね。今日の発言が明日は変わっているとか、考え方なんてその時のコンディションによって変わるし。そんな人間性みたいなものが不条理劇の中にたくさん込められていると思うと、今を生きる人間であり舞台上でも生きることができる役者にとって、うってつけの作品ではないかと。…自分が何を言っているのか、わからなくなってきました!(笑)
── デーヴィスと兄弟の関係性をどのように捉えていますか?
イッセー デーヴィスは、アストンとミックのどちらが実力者なのか、二人の力関係を見ている。自分がこの部屋をねぐらにするには、どっちに擦り寄ればいいのか。でも暖簾に腕押しで、デーヴィスの思惑はどんどんずれていく。ゆくゆくは居座るのだろうと、そんな予感を残した演じ方がいいかなと今のところは思っています。
── アストンとミックはどんな兄弟なのでしょうか?
入野 本当のアストンがどういう人物なのか不明瞭で、わかりそうでわからない。そのつかみどころのなさがおもしろいのかもしれません。ミックとの兄弟関係も不確かな部分が多くて、もともとは仲がよかったのかもしれないし、最初から疎ましい存在だったのかもしれない。現時点で、こういうキャラクターですと言い切れないのが正直なところです。僕たち自身でどう解釈して演じていくか、それがお客様にどう届くのか、楽しみでもあります。観た人たちの間でも解釈がそれぞれ違って、一緒に観に行った人と話が噛み合わないかも?そんな作品だと思います。
木村 こうして話していると、すでにハロルド・ピンターの術中にハマっている気がしますね。「わからない」と声を大にして言うわけではなく、わからないことに誇りを持って堂々と演じたいという気持ちもあります。兄弟の関係性も解釈が難しいですが、役者個人としての木村達成と入野さんの関係で紡いでいくことも可能だと思いますし。一方、ミックとデーヴィスの関係は、戯曲の中にわりと鮮明に描かれています。ただ、戯曲をそのままなぞるのではなく、僕たち三人の関係性を稽古場で新たに作れたら幸せですし、そこが楽しみです。
── 本作は“間”を多用しているのも特徴的ですが、芝居においての“間”について思うことをお聞かせください。
イッセー 間というのは、階段でいうところの踊り場で、そこに自分もお客さんもいる。今まで階段を上ってきて、まだまだ上るけど、ここでちょっと止まって頭の整理をしようというタイミング。ピンターは確かにいいところで間を入れているんですね、ノーベル賞受賞作家ですから(笑)。自分が考える時間でもあり、相手が考える時間でもある。間っていうのは決して空白ではなく、言葉を発してはいないけれど言葉が充満している時間。そんな気がします。
入野 間って難しいですよね。芝居をやるうえで、セリフよりもある意味大事というか。もちろん大事にしているんですが、毎回苦戦するところでもあります。ちゃんと自分の中で埋められていないとすごく長く感じてしまうし、そうすると相手にとっても長くなってしまうし。自分自身だけじゃなくて、空間とお客様と役者同士と、共有している一番気持ちいい瞬間を逃さないように、キャッチしたいと常々思っています。
木村 台本に「間」と書かれていても、あってないようなものとして捉えたいと思っています。文字だけ見てしまうと止まっている時間のようですが、人間は喋っていない時も頭の中はすごく動いているし、頭の中にいろんな言葉が飛び交っていますよね。感情や会話や言葉が常に巡っている時間が、間なのかな。今回だけでなくどんな作品も、間を止まっている時間としては捉えたくないです。
── 小川絵梨子さんの演出に対して、期待や楽しみにしていることはありますか?
イッセー ただただ、小川さんの喜ぶ顔が見たくてこの話をお受けしたんです。舞台『ART』でご一緒し、とても明確な演出方法だったので、今回の『管理人/THE CARETAKER』でも僕たち三人に明確に課題を出してくると思います。それをなんとかクリアして、その先に何かがあるのだと。また、長時間の作品なので持久力が大切ですね。入り口から、いろんな旅をして出口に辿り着くにはどうしたらいいか。僕たち自身もお客さんも旅をするわけなので、辛抱強く作っていきます。もちろん、お客さんを飽きさせないようにしなきゃいけません。
入野 小川さんが演出助手をされていた作品でご一緒したことがあり、小川さん演出作品を拝見したこともあります。小川さんの演出でいろいろ刺激を受け、役者としての発見だったり、この戯曲をどう読み解いていくか、この作品をやる意味を理解していくのを楽しみにしています。
木村 小川さんとは初めてですし、演出作品をまだ観たことがないんです。どういう方なのか、どういう演出をされるのか、未知数。ただ、人は出会いによって多様な変わり方をしていくと思うので、僕が小川さんの演出を受けてどう変わっていくか楽しみです。演出家の言うことを理解できないけど、ひとまずやってみるような瞬間も訪れると思います。初めましての不条理さも味わいながら、ひとつひとつの瞬間をムダにせず、大切に作り上げていきたいです。
── 不条理劇は難しいと感じる人も多いかもしれません。そんなお客様にアピールやメッセージをお願いします。
イッセー これを観れば、あなたも不条理劇がわかります!そういう芝居にしたいですね。この作品がずっと続いてきたのは、その時々の時代と舞台『管理人』をどうつなぐのかということを延々とやってきたからだと思います。だから、現代の日本と『管理人』は無関係でも遠い世界のことでもないと思っています。
入野 登場人物たちの会話を楽しんでいただくといいんじゃないかなと。内容だけではなく、テンポを楽しんだり、何だろうという興味にフォーカスをあてたり。会話や舞台上のセットなども含め、きっと異様な空間になると思うので、その空間を楽しむこともできると思います。日常との違い、違和感のようなものもひとつの楽しみ方になるのでは。
木村 ある種、お客様を置いてけぼりにしながらも作品に引き込ませるような、不思議な魔力を持った舞台だと思います。そこに巻き込まれてみるのも、観劇スタイルとしてありなのでは?難しそうだから、わらかないからとこの作品を避けるのは、もったいないです!