STORY
年老いたブリテンの王・リア(中村芝翫)は退位にあたり、3人の娘に領土を分配するため「どれだけ自分を愛しているか」を問う。甘えから始めた言葉の試し合いだったが、長女・ゴネリル(松下由樹)と次女・リーガン(朝月希和)の甘言を信じ、真実を語る三女・コーディリア(井上小百合)を勘当してしまう。しかし領土を奪った娘たちに裏切られ、裏切りの連鎖の中で、リアは嵐の荒野へとさまよい、狂気へ堕ちていく……。
八代目中村芝翫がアニバーサリーイヤーに挑むシェイクスピア悲劇『リア王』
歌舞伎俳優・八代目中村芝翫が、襲名10年、還暦という大きな節目に挑むシェイクスピア四大悲劇の最高峰『リア王』。演出は3度目のタッグとなる井上尊晶、翻訳は石井美樹子の真訳版で、人間の生々しい感情を鋭く描き出します。桟敷席や花道を備えた空間を活かした、新橋演舞場ならではの芝翫版『リア王』は、シェイクスピアフリークも初心者も必見の1作です。
年老いたブリテンの王・リア(中村芝翫)は退位にあたり、3人の娘に領土を分配するため「どれだけ自分を愛しているか」を問う。甘えから始めた言葉の試し合いだったが、長女・ゴネリル(松下由樹)と次女・リーガン(朝月希和)の甘言を信じ、真実を語る三女・コーディリア(井上小百合)を勘当してしまう。しかし領土を奪った娘たちに裏切られ、裏切りの連鎖の中で、リアは嵐の荒野へとさまよい、狂気へ堕ちていく……。

いやあ、本当にありがたいことでございます。最初に『オセロー』のお話をいただいたときは、「まさか自分がシェイクスピアをやるなんて!」と驚いたほど、生涯無縁のものだと思っていたんですよ。でも実際にやってみたら、シェイクスピアの戯曲というのは本当に素晴らしくて、役者が安心して寄りかかって身を任せられる芝居なんです。何もかも引き出してくれるものだから、すっかり魅了されてしまって、プロデューサーの皆さんには「またぜひやりたいね」なんて話をしていたんです。
そのとき、尊晶(演出の井上尊晶)さんが「最終的にはやっぱり『リア王』だね」とおっしゃって。だけど僕自身は、リア王なんてまだまだ先、70歳くらいになってから挑むものだと思っていました。
ありがたいことに私も昨年(2025年)に60歳を迎え、今年は中村芝翫を襲名させていただいてちょうど10年目という節目の年でもあります。ただ、自分の中ではまだ30代か40代くらいの感覚で、60歳という認識があまりないものだから、「本当に僕がリア王をやっていいのかな?」という不思議な気持ちもありますが、このタイミングで巡り合えたことには大きなご縁を感じていますね。
リアという男はね、歌舞伎の〝つくり阿呆〟じゃないけれど、最初は家族や娘たちから「どれほど自分が愛されているか」を確かめたくて、いわば〝つくり老害〟だったと思うんですよ。ちょっと甘えの延長で始めたんじゃないかと。それが、だんだんと本当の真実が見えなくなってしまって、歯車が狂っていったんじゃないかな。
60歳というのはまさに節目のときで、同級生たちも定年退職してハローワークに行ったり、学校に通い始めたり、新しく介護の仕事を始めた人もいますし、自分は退いて子供世代に任せた人もいます。だからこの作品で描かれていることって、実は現代を生きる私たちにとっても、ものすごく身近で起こっているリアルなこと。人間の一生というか、誰もが避けては通れない「老い」や「死」という最大のテーマが根底にあるんですよ。
私生活では3人の息子に恵まれましたが、いくら親子であってもそれぞれ全く違う人格ですから、共感もすれば腹が立つこともある。「思うようには子は育たない」というのは、いつの時代も、どの家庭でも同じですよね。
今回の舞台では、松下由樹さん、朝月希和さん、井上小百合さんという、本当に素敵で頼もしい「待望の3人の娘」を持たせていただきますので、娘の視点から見ても、父親の視点から見てもリアルな、ドロドロとした親族の葛藤を思いきりわがままに、思いきり“老害”を発揮して演じてみたいと思っております。

そうなんですよ!4月の末にはもうプロデューサーさんから台本をいただきましてね。「早く覚えてこいよ」という無言のプレッシャーで、もう言い訳ができません(笑)。前2作は河合(祥一郎)先生の翻訳で、先生ご自身も稽古場にいらしていろんなことを教えていただきました。河合先生の訳は、どこか曲線的というか丸みがある。それに対して、今回の石井美樹子先生の「真訳」は、すごく尖ったところがあるのが特徴なんです。読んでみるとね、トントントントンと急に熱量が上がったり、そのまま尖った熱量でリアの怒りの絶頂へ持って行ってくれたりする。そこがすごく面白くもあり、歌舞伎役者としては、最初は少し難しい部分でもあるのですが、そこがまさに石井先生の狙いなんだろうなと感じています。
シェイクスピアならではの難しい言葉の羅列、流れるような美しいセリフを、いかに自分の心から自然に出てくる言葉として等身大の物語として立体化できるか。これは役者にとっては本当に〝地獄〟のような作業です(笑)。でもね、『オセロー』のときもそうでしたが、あのセリフを言っていると、役者としてものすごい優越感に浸れる、本当に〝酔える〟楽しさがあるんですよ。底辺まで蹴落とされるリアの惨めさ、贅沢なセリフの魅力を、たっぷりと時間をかけたお稽古の中で形にしていきたいですね。
新橋演舞場という劇場は、桟敷席があって、大きな花道がついていて、提灯がぶら下がっている、まさに日本ならではの素晴らしい「芝居小屋」です。その空間で、イギリスのストレートプレイの『リア王』が上演されるというのは、もうそれだけで独特の不思議な面白さがあると思うんですね。毎回、尊晶さんは本当に面白いアイデアを思いつかれる方なので、演舞場という空間をフルに活かした、この劇場でやる意味がしっかりとある、ダイナミックな演出と驚くような仕掛けがあると思いますよ。『オセロー』のときは、花道からゴンドラに乗って、提灯の下から登場した演出がとても面白かったですよね。

シェイクスピア劇と聞くと「敷居が高いな」と思われるかもしれませんが、誰しも一度はその名を聞いたことがある四大悲劇ですから、どうぞ気構えずにライブならではの劇場の空気を吸いにいらしてください。一度この面白さに触れたら、きっと病みつきになりますよ。現代に置き換えても、どんな状況にもピタッと成立してしまうのがシェイクスピアの凄さですから。
そして何より、最近は〝リア王ブーム〟ですから、まさにシェイクスピア劇を体験するにはちょうどいいタイミングです。今年は僕らの他にも内野聖陽さん、少し前には吉田鋼太郎さんや大竹しのぶさんも演じられていました。本当に錚々(そうそう)たる方々がリア王に挑まれていますよね。すでに『リア王』は観たことがある方も、もう観たから…とはおっしゃらず、観比べを楽しんでほしいですね。これは勝ち負けなんかじゃなくて、歌舞伎の『勧進帳』や『娘道成寺』と同じ。すでに大竹さんや鋼太郎さんのリア王を観たという方は、僕のを観て、内野さんのを観て……と、ぜひ〝フルセット〟で観劇比べをしていただきたいですね(笑)。初めての方も、僕らの公演を観ていただいて、すぐ後には内野さんのを観れば、同じ演目でも演出や演者、劇場が違えば、こうも違って見えるのかと、絶対に驚かれると思います。これからも世界中どこかで『リア王』は上演されますからね、今年観ておけば、きっとこれから観比べるという楽しみが増えるはずです。
『リア王』は観る人の年齢や状況で感じ入るところも違ってくると思うので、観終わった後に、一緒に観た方たちと「私はこう思った」「俺はこう感じた」と人生を語り合ったりするものいいと思います。時に意外な人間性が見えてきたりするのも観劇の楽しさですから。でも、父娘で観るのは止めたほうがいいかな(笑)。
(取材・文/幸山梨奈)
(撮影/藤本聡太)
【出演】
リア王
中村芝翫
ゴネリル
松下由樹
エドガー
三浦涼介
リーガン
朝月希和
コーディリア
井上小百合
エドマンド
大野拓朗
オズワルド
大堀こういち
コーンウォール公爵
駒井健介
オールバニ―公爵
中村松江
ケント伯爵
二反田雅澄
道化
小倉久寛
グロスター伯爵
村田雄浩
飯田邦博 / 野村龍一 大塚航二朗 奥田一平
山口祥平 中村芝晶 大石英玄 三村瑛毅
【作】
W.シェイクスピア
【訳】
石井美樹子
(河出書房新社『真訳 シェイクスピア四大悲劇』収録)
【演出】
井上尊晶