ストーリー
20世紀初頭のウィーン。レオポルトシュタットは古くて過密なユダヤ人居住区だった。その一方で、キリスト教に改宗し、カトリック信者の妻を持つヘルマン・メルツはそこから一歩抜け出していた。街の瀟洒な地区に居を構えるメルツ家に集った一族は、クリスマスツリーを飾り付け、過越祭を祝う。ユダヤ人とカトリックが同じテーブルを囲み、実業家と学者が語らうメルツ家は、ヘルマンがユダヤ人ながらも手に入れた成功を象徴していた。しかし、オーストリアが激動の時代に突入していくと共にメルツ家の幸せも翳りを帯び始める。大切なものを奪われていく中で、ユダヤ人として生きることがどういうことであるかを一族は突き付けられる……
インタビュー
女優 音月桂さん
──小川絵梨子さんの演出作品は初出演となります。稽古が始まる前ではありますが、小川さんの演出家としての現在の印象をお聞かせ下さい。
小川さんの演出された作品で、とくに印象深かったのは新国立劇場 シリーズ「声」の第一弾 『アンチポデス』です。登場人物の声に耳を傾け、想いを共有していくうちに、私なりの解釈や意見がとめどなく溢れてきて、気づけば同じ会議室の中で物語を作る一員になったようでした。これだけ作品を前のめりで楽しむことができるのは、きっと小川さんが演者に近く寄り添い、共に作品へ愛と敬意を惜しみなく注ぎ込む方だからだろうと思いました。私自身、いつか小川さんとご一緒させて頂きたいと思っていたので、今回お話をいただいて本当に嬉しいです。同時にとても緊張していますが、必死について行きたいと思います。
──本作は、トム・ストッパードの最新作であり、作家が正面から自分のユダヤ人としてのルーツに向き合った作品でもあります。台本を読んでみて、率直にどのような感想をいだきましたか?
物語の背景となる時代に生きた人々の思考や、当時の環境について、恥ずかしながら無知である私でも、深く考えさせられるような重量感のある作品で、率直には心にドーンと重石をのせられたようでした。
──音月さんは、浜中文一さん演じる主人公ヘルマンの妻・グレートルを演じられます。非ユダヤ人でありながら、当時は差別・嘲笑の対象であったユダヤ人のヘルマンと結婚した女性です。カトリックに改宗し、必死でオーストリア人と同等の立場になろうともがくヘルマンに対し、グレートルはどこかユダヤ文化を楽しんでいるように見えます。現時点では、グレートルは、どのような女性だと捉えていらっしゃいますか?
グレートルという役に対して、初めは「時代に流されることなく芯をもって強く生き抜いた女性!」という印象を持ちました。でも、何度か本を読んでいくうちに彼女の中にある心の揺らぎや葛藤のようなものが見えてきて、とても人間らしいというか共感できるところがたくさんあって愛おしくも思えました。美しく綺麗な部分だけでなく、弱さや醜い部分も含めて彼女の生き様を肌で感じ、演じたいと思います。
──本作は、ユダヤ人迫害や戦争、ホロコーストなど歴史的に大きなトピックも含む戯曲です。しかし、決して昔の話ではなく、今もなお続く、地続きのような問題をも描いています。本作は、約55年にわたって一つの家族が描かれますが、徐々に戦争の気配が色濃くなっていく様子は、この不穏な今の世界情勢に通ずる部分もあります。音月さんは、今、この戯曲を上演することは、どんな意味があるとお感じでしょうか?
戦争、迫害、差別…これらの言葉を声に出すだけで、心がぎゅっと締め付けられるのは、このことが歴史の教科書で学んだ遠い昔の出来事ではなくて、今もなお私たちが向き合い、考えなければならない極めて近い事実だからだと思います。お芝居を通して、私がどこまでリアルな感覚をお伝え出来るかわからないのですが、お客様それぞれが受け取ったメッセージをもとに、いま一度こうした問題から目を背けず、あらためて考えたり、誰かと語り合う時間をもってもらえたら良いなと思います。
──最後に、お客様に向けてメッセージをお願いします。
演出の小川絵梨子さんをはじめ、キャスト、スタッフの皆さまと作品に打ち込む日々がとても楽しみです。本番、舞台の上でグレートルとしてのびのびと生きられるよう、お稽古頑張ります!!是非観にいらして下さい。