インタビュー
インタビュー
コロナ禍で分断されてしまった今の世の中に
再び希望を感じさせてくれるような作品です
井上ひさし作、蜷川幸雄演出による演劇作品『ムサシ』は、「憎しみの連鎖を断ち切る」という重厚なテーマに笑いを交えたオリジナリティ溢れる作品で、2009年の初演以来、国内外で大きな話題を呼んできました。このたび、蜷川幸雄七周忌追悼公演として再演が決定。4度目となる出演で、「筆屋乙女」を演じる鈴木杏さんに、作品への思いや見どころを聞きました。
女優 鈴木杏さん
―― 2009年の初演から12年。4度目の再演が決まったときのお気持ちを教えてください。
そうですね。3年前に再演したとき、主演の藤原竜也さんが、演じている宮本武蔵と同じ年齢になったんです。だから漠然と「この再演がきっと最後なんだろうな」と思っていたので、今回の再演が決まったと聞いたときは、「またできるんだ!」と、率直に驚きました。振り返ると、『ムサシ』の初演時、私は22歳。今は34歳なので、もう10年以上出演させていただいているんです。『ムサシ』は、再演するたびに改めて「すごい作品だ」と思ったり、新しい発見があったりする作品。今回の再演でも、また新しい発見があればいいなと楽しみにしています。
―― 『ムサシ』という作品は、杏さんの俳優人生の中でどんな位置付けになりますか。
長い付き合いとなった作品であり、私の「定点観測」にもなってくれているような作品です。この12年、私はいろいろな場所でいろいろな経験をしてきましたが、「自分がどう変化しているか」ということは、ふだんはよくわからなくて。それが、再演という形で『ムサシ』に戻ると、「以前の自分はこうだったけれど、今の私はこうなんだ」と、気がつくことがあるんです。ある意味、私の変化を教えてくれる、ホームのような場所かもしれません。蜷川幸雄さんが亡くなって、もう新作を上演することができなくなり、それまで頻繁に会っていたキャストの方にも、スタッフさんにも、会う機会が減ってしまいました。それが、今回の再演で再びみなさんに会うことができる。まるで卒業した学校に戻るような、懐かしさや嬉しさを感じます。みんなでまた作品を作れることが楽しみです。
―― 2021年に、改めてこの作品を上演する意味はどんなところにあると思われますか。
コロナ禍になって、今は「マスクをしなければ」、あるいは「ソーシャルディスタンスを取らなければ」と、いろいろなものごとが「分断」の方向に向かっている気がします。国と国の行き来もしにくくなっていますし、人にも会いづらい。でもそれに対して『ムサシ』は、小次郎と武蔵という決裂していたふたりが、さまざまなことに巻き込まれて、最後は握手するところにまで至るお話。「分断」ではなく、一緒にいられること、人と関わっていけること、人との繋がり……そういったものへの「希望」のようなものが、今再びこの作品に触れることで、見えてくるのではないかと思っています。手と手を結ぶ……劇中では足を結ぶんですけど(笑)、そういうことの大切さを改めて感じられるのではないでしょうか。もちろん、大きなテーマは「恨みの連鎖を断ち切る」ということ。残念ながら今も世界中でその連鎖は続いてしまっているので、私たちはそのことへの意識もずっと持ち続けなければと思っています。稽古が始まったら、さらに新たに気がつくこともあるのではと思っています。
―― 今回は、吉田鋼太郎さんが演出を務めることも話題になっていますね。
そうなんです! 今回は吉田鋼太郎さんの演出ということで、役者の中ではきっと新たな化学反応が起こるはず。なので、それによって起こる色合いの変化や、新たに出てくる豊かなものを楽しんでいただけたらと思っています。再演ですし、そこまで大幅に変わることはないかもしれませんが、キャストも年齢を重ねている分、鋼太郎さんには、「ここはさらに引き出せるんじゃないか」とか、「ここはこうしたらもっといいのでは」などといった新たなアドバイスがいただけたら嬉しいです。きっとまだまだできることが隠れている気がするので、それを一緒に見つけていけたらと思っています。 私自身、鋼太郎さんにとても可愛がっていただいている後輩なのですが(笑)、今はまだ俳優としての鋼太郎さんしか知らなくて。演出家としての鋼太郎さんは、どんな言葉をかけるんだろう、どんな佇まいなんだろうと、単純にそれを見るだけでも楽しみです!
―― 杏さんが「筆屋乙女」を演じるのも4回目です。改めて「筆屋乙女」の魅力と、何度も演じることで変化したことなどがあれば教えてください。
筆屋乙女は、凛とした強さを持っている女性だと思います。受け身なだけではなく、能動的なものを持ち合わせていますし、白石加代子さんが演じる(木屋)まいさんとの、ふたりでひとりのようなコンビ感も好きです(笑)。あの伝説的な“タコの舞”をまた近くで拝見できるのかと思うと夢のようです(笑)
乙女は20歳という設定ですが、初演のときの私は22歳。当時は自分自身の年齢も若く、お芝居をする中では、「若さが持つ強さ」のようなものが、常に勝っていたように思います。それが少しずつ「柔かさ」のようなものも表現できるようになってきて……そう感じたのは3年前の再演のとき。私はどちらかといえば「強さ」を表現するは得意だったのですが、「柔らかさ」はずっと苦手としてきました。今は二十歳の乙女を演じるには難しい年齢になってきましたが(笑)、「柔らかさ」をうまく加えることで、筆屋乙女の持つ強さを逆に引き立てたり、キャラクターをより豊かに、魅力的に演じられたらと思っています。
―― 今回の再演で、「杏さん的」注目ポイントはありますか。
今回「沢庵和尚」を初めて塚本幸男さんが演じることになったんです。私は十代の頃から塚本さんにとてもお世話になっているので、今回はそれが本当に楽しみ!
繊細で、少し“緊張しい”でもある塚本さんが演じる沢庵和尚は、今までとはまた違ったものになると思うので、そちらも注目していただけたらと思っています。
―― 開演に向けての体作りや、普段気をつけていることはありますか。
特にはないのですが、今は常に「免疫力をあげよう」とは思っています。お散歩が好きなので、なるべくたくさん歩くようにしたり、酵素を摂ったり、太陽をちゃんと浴びたり。睡眠をきちんととる、ということなども心がけています。あとは「デトックスできる体になる」ということも意識しています。腸内環境を気にしたり、ビタミン剤を摂ったりもします。挑戦したいのは「ヘナカラー」かな。デトックスにいいと聞いたので(笑)。『ムサシ』もカツラですし、その前の公演もカツラなので、試してみてもいいかなと思っています。
―― 最後に、舞台を見にくる方にメッセージをお願いします。
『ムサシ』を演じていて楽しいのは、客席にいるお客さんの笑っている声が聞こえたとき。今はどうしても暗い気持ちになることのほうが多い毎日です。友達にも会いにくいし、食べたり飲んだりしてワイワイすることもできない。感情を発散させることがしにくい今の時期だからこそ、『ムサシ』のような作品を見て、「なんだかスッキリした!」と思っていただけたら嬉しく思います。発散の代わりになる作品だと思いますので、ぜひ、劇場に足を運んでいただけたらと思います。