Interview
生命力の強いレイチェルと吉柳さんには重なるものを感じます
摂食障害を抱える大学生・レイチェルを演じる吉柳咲良さんと、演出を務める稲葉賀恵さんの対談インタビューが実現。吉柳さんはミュージカル『ピーター・パン』『ロミオ&ジュリエット』などの舞台で活躍するほか、近年はドラマ『ブギウギ』『御上先生』などへの出演や実写映画『白雪姫』のプレミアム吹替も話題に。稲葉さんは第30回読売演劇大賞優秀演出家賞を受賞し、今後さらなる活躍が期待される演出家です。今作が初タッグとなるふたりに、作品に込められたメッセージや意気込みを聞きました。
(左から)吉柳咲良さん、稲葉賀恵さん
摂食障害の問題とともに母と娘の描き方に共感しました
―― まずは『リンス・リピート』という作品の魅力や登場人物についてお話いただけますか。
稲葉 最初にこの戯曲に惹かれたのは、作家(ドミニカ・フェロー)の筆致がとても瑞々しく、さらに作品からものすごい「執念」のようなものを感じたからです。特に私は「母と娘」というテーマの描かれ方についても大きな共感を覚えました。
作品では、娘のレイチェルが抱える摂食障害も難しい問題ですが、レイチェル本人は大きな生命力に溢れた女性。摂食障害というとどこか病的だったり、弱々しかったりというイメージを思い浮かべますが、レイチェルはそういう感じではないんですね。彼女の摂食障害の根源には母親との葛藤がありますが、彼女は詩を書くという作業を通して母親にシグナルを送り、自分を救うと同時に母親を救おうとしている気がします。戯曲では母親が知らなかった娘の姿、反対に娘が知らなかった母親の姿が描かれ、お互いにそれを知ることで再び生まれ直すような感覚に陥ります。とにかく登場人物はみんなエネルギーに溢れているので、その熱に打たれたことが今作へのモチベーションのひとつになっていますね。
吉柳 私はレイチェル役を演じますが、レイチェルは自分とよく似ていると思いました。こう言い切ってしまうと誤解を生みそうですが、私は台本を読みながら「この感覚、知っているな」という瞬間に次々と出会いましたし、彼女が悩んでいることや抱えているものについてはト書きにも細かく書いてあって。読み進めているうちに苦しくなり、何度か本を閉じたくなることもありました。
「母と娘のすれ違い」は言葉で言うと簡単ですが、実際には本当に家族も個人もぐちゃぐちゃになってしまうこともあると思います。それを少しずつほぐしていく作業はどちらかだけが頑張っても難しいし、ものすごく大変ですよね。この作品ではそもそもどうしてこんなことになってしまったのか、母親にかつて何が起こったのか、その根源的な部分についても描かれていますが、それは今の私たちにも関わること。自分にも近しい問題だったので、本当に最初は「向き合い切れるかな」という不安もあって…。でも今は「向き合っていかなければ」と思っています。
吉柳さんには繊細さとともに強い生命力を感じています
―― おふたりは実際に会われるのは今日が最初と伺いましたが、お互いにどんな印象を持たれましたか。
稲葉 『ロミオ&ジュリエット』の舞台を映像で拝見したときに、「目力が強い方がいるな」と思ったのが吉柳さんの最初の印象です。その姿を見て私は、吉柳さんは繊細な部分とともにものすごく強い生命力をお持ちの方だと思ったんです。
レイチェルは自分で「自分の価値」をしっかり感じたいと思っている強さと優しさを持っています。色々なことを考えているし、人とも世界とももっと関わりたいと思っているけれど、その方法がわからない、吐き出す場所が見つけられていないという状態。ただナーバスにこの世を憂いているわけではなく、強い方向性を持っている人だと思います。
だから、胸に強いものを持っている方でないと演じられないし、一方で繊細なところもないとお客様からは遠い人、特殊な人に見えてしまう。レイチェルは愛嬌があってチャーミングな、私たちと同じ世界にいる人なので、等身大で表現できる方がいいなと思っていて…。今日吉柳さんにお会いして、レイチェルと重なる部分を感じましたし、とても素敵な方だと思いました。
吉柳 嬉しいです。この台本を読んで、果たして自分にできるのだろうかと大きな不安を感じていたので、今レイチェルについてのお話を聞いて、自分の中にあるものと繋がった気がしました。センシティブな問題を扱っていますが、私もこれは特殊なことではなく、身近にあるものだと思っています。これから稲葉さんとたくさんお話しながら作品を作っていくことが楽しみになりました。
―― ドラマでの活躍が続いていますが、吉柳さんはもともと舞台経験も豊富ですね。
吉柳 今まではミュージカルが多くてストレートプレイは実は今作が初めてなんです。今まで歌にこめていた部分が全部セリフになっていて……。でもこれはストレートだからこそ、伝えられるものがある作品だと思っているのでしっかり取り組んでいきたいです。
特殊な人たちの話ではなく身近な物語であることを伝えたい
―― 作品の見どころとお客さまへのメッセージをお願いします。
稲葉 今は自分の価値を測られたり、外からジャッジされることが子どもの頃からたくさんある時代だと思います。誰もが「自分はここにいていいのか、いけないんじゃないか」と思ってしまう瞬間があると思うんですね。だからこそ私は「いていいのかも」と少しの時間でも思える、そういう瞬間を自分が手掛ける作品の中ではできるだけ入れたいと思って作ってきました。今作は言ってみればその最たるものかなと思います。
お客様には、この作品を自分と地続きの世界だと感じて頂きたくて。今作を見ていただければきっと、舞台を通してお客様の方に手を差し出している、登場人物たちの姿が見えてくると思います。彼らに会いにきて欲しいですし、舞台を見終わった後にはきっと、自分の視点とは違う視点を持つ人たちの姿が現実の世界でももっと見えてくるはずです。そんな繋がりと発見が生まれるような舞台を作っていきたいと思っています。
吉柳 そうですね、私自身、自分の存在意義を常に探そうとしてしまっていて、それが見つけられないと不安で不安で仕方なくなってしまいます。容姿だったり、演技力だったり、言動だったり、外からさまざまな評価を受けて、それが重大なものだと実際に感じてしまっています。でもそんな評価に関係なく、ただそばにいられる存在が「家族」ですよね。でもその「家族」ですら、お互いに分かり合えない場面がたくさんある…。それは触れにくい部分ではあると思うのですが、あえて触れている作品に出会えたことが私自身嬉しかったですし、救われた自分もいました。私と同じように感じる方もたくさんいらっしゃると思うので、ぜひたくさんの方に足を運んでいただけたらと思っています。
(取材・文/小川聖子)
(撮影/森浩司)