インタビュー
戦争を間近に感じる今だからこそ刺さる作品
『太鼓たたいて笛ふいて』は、私にとって大切な作品です。2002年の初演時、また2014年にも芙美子さんを演じましたが、その後ももう一度やってみたいという思いがありました。演出の栗山民也さんとは、2年前にも舞台『ピアフ』でご一緒しており、「いつできるかな」なんてお話もしていたので、今年ようやく実現できることとなり、とても嬉しく思っています。
前回の上演からおよそ10年が経ちますが、その間に「戦争」は以前より間近に感じられ、「戦争」について考える時間も増えてきています。オリンピックの開催は華々しく報じられる一方、悲惨な状況が続くウクライナやパレスチナの情勢はニュースでもあまり報道されない……。私たちが生きているのはそんな矛盾だらけの世界です。
この作品のオープニングでは、「聞こえてくる笛は、祭りの笛なのか、いくさの合図なのか……」という歌が歌われます。軽やかなメロディーに乗せて歌われる楽曲でありながら、歌われているのは実はすごく怖いこと。これはどこか「今」にも重なるような気がしています。私たちも、目の前の現実について、「今起こっていることは実はどういうことなのか」をきちんと捉えておかなければいけない……。こんな今だからこそ、この作品はより強く心に刺さるものになるのではないかと思っています。
作家なら自分の名前を世に出したいという欲もあるだろうし、本がたくさん売れて欲しいというのも正直な気持ちであると思います。そんな中、「こんな物語を書けば当たりますよ」「今の時代はこうですよ」と言われたら、「そうなのかもしれない」と思い込んでしまうことはあると思います。芙美子には調子に乗りやすいところもあったと思いますし、「それならやってみよう」と言われる方向へ進んでしまうことは、人間なら仕方がないこと、あり得ることだと思います。ただそれとは別に、「これは正しいんだ」と思い込んだものをみんなに伝えてしまう、それがどんどん広がってしまうことは、本当に恐ろしいことだと思います。
劇中の歌には、平和への思いが込められている
そうですね。この作品は音楽評伝劇なのですが、従軍記者として出発する前の芙美子が歌うのは「記者として、戦地の素晴らしさをみんなに伝えるわ!」という歌。そのときは本当にそれが正しいと信じて歌うんです。けれど、現実は想像していたようなものじゃなかった。そのことに気づいた芙美子は「日本は負けるしかない。私は日本を愛しているからこそ、この戦争は間違いであるということを言いたい」と話し、日本の四季の美しさ、貧しくても心優しく生きている日本の人たちのことを歌います。「ただ滅びるにはこの国はあまりにも素晴らしすぎる……」。ひとりひとりがこの歌のように平和を思っていれば、戦争なんて起こるはずがない、私もそう信じたいので、毎回願いを込めるようにして舞台に立っています。
井上ひさしさんが作り出した言葉というのは、日本人の性質も、地方での生活もそこで作る農作物までみんなわかった上で書かれているので、本当に素敵だなと思っています。日本がどれだけ美しいか、豊かなのか、素晴らしい国なのか……そんなことがみんな詰まっているんですね。
この『太鼓たたいて笛ふいて』は、林芙美子さんの人生を題材にしたものですが、そこには井上さん独自の捉え方があり、作り出している世界があると思っています。どこか、ものを書く人間の根本的なところを問うているような気もしていて、ここに出てくる言葉はきっと、井上さんご自身の言葉でもあるんだろうな、ということは感じます。
中でも、「戦争で不幸になった兵隊さんを、これでまたひとり幸せにすることができた。本の上のことだけだけど」という芙美子のセリフには、「言葉によって伝えることこそが(作家の)使命」という井上ひさしさんの心が詰まっているのではないか、なんて思いながら演じています。
主人公以外の人生もそれぞれ生き生きと描き出されている
この作品に登場する人物はみんなみんな、素晴らしいんですよね。誰が主役というのもなくて、それぞれが生き生きと自分の人生を生きている。誰かが正しくて誰かが間違っているというわけではなく、みんなちょっとずついいところと悪いところがあるんですよね。そういうところが面白いんです。その中でも芙美子さんの母であるキクはずば抜けて面白い!今回キクを演じられるのは、高田聖子さん。初めて共演するので楽しみですね。私より年下なのに、母親を演じなきゃいけないのでちょっと可哀想ですが(笑)。
好きなシーンは、終盤のほうで戦地から帰った時男さんが、最後の最後に自分の物語を想像して作り出すところ。自分が戦争から帰ってきたら、奥さんはすでに別の男性に……という、悲しい物語になりそうなところをすごく面白くして(笑)。それで、その時男に向かって私が「おかえりなさい」ってお辞儀をするところがあるのですが、実はそこのト書きにね、「全世界の愛を込めて」って書いてあるんですよ。これ、お客様にはわからないと思うのですが、私はいつもそれを思い出しながらお辞儀しています。そのシーンはとても好きですね。
こまつ座さんの顧客の方は年齢層がやや高いとは思うのですが、この作品は決して遠い昔の話ではないし、今につながる内容でもあるので、これからの未来を担う世代にもぜひ見てほしい作品です。なので、できれば娘さんやお孫さんや……少し若い世代の方たちとも一緒に来ていただけたら、嬉しいです。
演出の栗山民也さんは、いつも舞台を通して世の中への批判や、ご自身の想いを叫んでいらっしゃる方です。私はちょうど2年前に『ピアフ』という舞台をご一緒したのですが、その舞台でもハッとしたことがあります。劇中の「戦争が始まりました」というセリフ、私たちはそれまでももちろん、心からの言葉で、リアルに演じてきたつもりだったのですが、栗山さんが「世界中で今、実際に戦争が起こっている。その状況をひとりひとりが感じながら、この言葉を言いましょう」とおっしゃって。そのおかげで、その後はより一層このセリフがリアルに響いていくような気がしました。もっと戦争を間近に感じるようになって、もっと怖くなったんです。それでキャスト同士も「今やっているお芝居で、戦争がどんなに愚かなものなのかを伝えていこう」という思いをさらに強くしました。
戦争がテーマと聞くと、難しいお芝居なのかと思われることもありますが、本当にわかりやすい言葉で話されますし、おかしくもあり、悲しくもあるのがこの舞台です。ぜひ、たくさんの方に見ていただけたらと思っています。
(取材・文:小川聖子)
(撮影:森浩司)
キャスト&スタッフ
大竹しのぶ
高田聖子 近藤公園 土屋佑壱
天野はな 福井晶一 朴勝哲
【作】
井上ひさし
【演出】
栗山民也
公演情報
- 公演名
- こまつ座 第152回公演『太鼓たたいて笛ふいて』
- 会場
- 【東京】紀伊國屋サザンシアターTAKASHIMAYA
- 上演期間
- 2024年11月1日(金)~11月30日(土)
- 料金
- 全席指定 定価:10,500円→
《ご優待価格》9,500円
- 公演名
- こまつ座 第152回公演『太鼓たたいて笛ふいて』
- 会場
- 【大阪】新歌舞伎座
- 上演期間
- 2024年12月4日(水)~12月8日(日)
- 料金
- S席(1・2階) 定価:11,000円
- A席 定価:6,500円
- A席 U-25チケット(観劇時25歳以下対象) 定価:2,500円
- 公演名
- こまつ座 第152回公演『太鼓たたいて笛ふいて』
- 会場
- 【愛知】ウインクあいち 大ホール
- 上演期間
- 2024年12月21日(土)
- 料金
- 全席指定 定価:11,000円→
《ご優待価格》10,000円